FC2ブログ

お正月用だけどクリスマスプレゼント

Category : ――
この記事はブロとも、もしくはパスワードを知っている方のみ閲覧できます
パスワード入力
ブロとも申請

報酬から計算するから良くならないんじゃないかな?

Category : 心と宇宙の話し
昔仕事を探しているときに
日給や時給と月内に働く日数を計算して
やる気が出たりでなかったりしたことを覚えている。

すごい高いなぁと思う仕事はほとんどが資格の必要なもので
勉強してこなかった自分を呪うしかなかったけれど、

じゃぁその仕事に就きたいという情熱は私にはあったのか?
というと全くなかったわけで💦。

自分にできそうな仕事で50円でも高いところ
しかも近場、、、って

目を皿のようにして探していた私は

そんなことをしているうちにこう思うんだ。

こんな安い給料に自分の時間を売るのは悲しい。ってね。

で、堂々巡り(笑)

何が言いたいかというと

タイトルどおり
報酬から計算するから
たどり着きたいところにたどり着けなかったんだ。

そう思う。

少しでもやりたいところに近い仕事であって
それを楽しもうとしすれば
必ず次の道は開かれる。

仕事をするにはコツがある。

楽しい時間はあっという間
楽しくない時間は何度時計を見ても針は進んでいない。

つまり
時間を
短く感じるのも
長く感じるのも

仕事のせいではなく本人のせいなんだよね。

「楽しんで仕事をするにはどうしたらいいか?」
このくらい自分で考えられなくちゃだめだよね。

だからさ、きれいごとじゃなくて
報酬って二の次なんだよ。


生活のためだったけど、
いろんな仕事をしてみてよかったと思っているのは

売ってはいない
形ではない
たくさんのスキルを手にしたこと。

デパートの売り子(14年)だったときは

どの時間にどれくらいの商品を用意して
どのくらい注目を浴びたら数字が積めるか

お客さんのどこに感情の的があるのか?

一升瓶を包装紙にきれいに包める技

心のあるやり取り

手でわかる同じグラム数(爆)


テレアポ(1年半)だったときは

まず最初の出だしの声で決まること。

怒ってるなぁとおもっても気にせず続ける忍耐(笑)

そもそも私だって受けたら「やだな」って感情が先に来ることなのだから
相手を先に理解することも大切

感情の順目と逆目に気を付けること

いちいち気分を落とさないこと。


高級レストランでお運び(1年半)だったとき

おしぼりの畳み方

板場の感情の嵐(毎度のこと)によって声のトーンを変えること💦

コース料理の(板場への)声掛けタイミングを見分ける技(超難しい・笑)

トレイと腕に皿を載せる技(爆)

日本酒を一升瓶から猪口に注ぐときの傾け方

シャンパンのボトルをちょうどいい音で開ける技(爆)


思いついたのはこのくらいだけど。
それ以外にも、

へぇ~世の中こうなってたんだ、とか、
あそうか~、厨房の中ってこうなってたのね、とか
それまで知らなかった、
見えてなかったことがたくさんあって

「なるほど好き」な私にはどの仕事も新鮮だった。


こんなにたくさんのスキルをもらって

報酬ももらえるってことがありがたいって
本気で思ってた。

楽しんでいたんだ。どれも。


だから思うんだけど。

仕事は(スキルをもらって)楽しまなくちゃね。

だからある程度の報酬であれば好きな方に近い仕事を選ぶこと。

でもスキルをもらうと考えればそうじゃなくても楽しいけどね(^_-)-☆


NBの仕事(18年)もそう。

私がやってみて今に至るまで思ったことは

今どきダサい仕事と思われてるとしたら、
その認識は本当に相当古いからもう捨てたほうがいい。

そもそもすべてのNBが同じと思うのも相当に情報が古い。

ということ。

性格のいいNBに誘われないとしたらそれも心配(笑)
(誘われないこと自体が心配ってことね。)

そういったところの塗り替えをわたしは目指していて
それを楽しんでいると、報酬はついてくる。

つまりは自分の意識なんだということを大きく学んだ。
だからこれまでやってこられたのよね。

つくづく仕事は楽しむもの💖
そう思う。


で、話は変わるけど

SNSで凹んでるなんて書いたら
悲壮感しか感じられないじゃないの。

何で書くかね?

そこをぐっと我慢できない人が
お客さんから見て魅力的だろうかね?

本気で楽しんでいる人は
「ある」も「ない」も楽しめる人

SNSで泣き言なんて書かない人。

ガンバレ!腹くくれ!
遠くから応援してるんだよ!

ラッキーを運び込むのもポジティブな体からだ!
アロエが必要なら言ってくれ(笑)

時空を超えて

Category : 心と宇宙の話し
私たちは時空を超えて存在している存在

3日後の誕生日を前にして、
そうつくづく、思うわけです。

先日の
フォーエバーの先輩のお話し。

会社のセミナーでニューヨークへ行き
ミュージカル「マンマミーア」へ

そこで流れた曲が

闘病でつらかったときに
当時流行っていて
病院のベッドでずっと聞いていた

アバのダンシングクィーン
だった、と。

元気になって、
こうしてニューヨークへ来られている自分を思い、
涙が出たと。

不安な思いの中で
特別に胸に残った曲は

26年経って、
先輩をこうして
ハレルヤ!とでもいうように
迎えてくれたんだと思うと、

私も一緒に胸が詰まりました。


時間はながひょろい帯ではなく
層になって積まれているものだ。

常々そう意識させられてきた私が
また強くそれを確信するのはこんなときです。

きっと病院で先輩が聞いていたダンシングクィーンこそが
その層を貫いて聞こえていたものだった。

とね。


私にも大昔、
どうしようもなく苦しい時期があって
そんな時に聞こえていた声があります。

自分が自分を慰めるような
そんな声でした。
大丈夫だからね。というような感じの。

その後
その苦しいトンネルを抜けて、
それでも10年ほどがたってからですが

何かの折に
ああ、しあわせだなぁって
思ったときに

ふと昔の苦しかった自分を思い
苦しかったね。
よく頑張ったね。
でも大丈夫だからね。

そう声をかけました。


そのときに分かったんです。
あの声は先の私だったんだ。と、



「層」は羽衣より薄い膜でできていて

その「層」の中で
選択は「線」ではなく
「点」で枝分かれしています。

この世界に「点の連なり」はあても
「線」はないからです。

光線?
それは光の粒
点の集合ですよね。

全ては光の粒
どの点を選ぼうとも
そのときにしっかりと「自分」であれば

ちゃんと私をサポートする私に繋がっているわけです。

ですから、
その声や影響が、

シンクロや直感という形をとって
チルチルミチルのパンくずのように
目の前に現れるのだと。

そういうものだと。
ずっとそう思って生きてきているんです。

書いたら忘れてね。と言われた
インディアンスティックでのリーディングの内容を
その一年後に(とても狭い域の言葉だったというのに)
まったく同じ会話として耳に入ってきたのが
初めて訪れたフォーエバーのセミナー会場でした。

「どうしたらいいの?この点描曼荼羅?」と
天井に向かって尋ねた一週間後に
「ネットで講座をしませんか」という
見も知らぬ人からのメールをもらい。
それがずっと今につながります。



で、ですね。
老婆心ながらこれを書いておこうと思いました。

長い経験値から得ている不文律の話です。

何かを欲しい(行きたい)と思ったときに
先々を計測して
無理。
とあきらめたとたんに

その理由通りのことが起こる。

です(笑)。


その選んだ「点」は
自分の本意ではないから。

先々のサポートする自分にはたどり着かない。

よって、思った通りにダメになる。

実は私は今年、
車を買おうと思いました。
そう思うと、ウキウキやらワクワクやらでとても幸せになりました。

でも、ちょっと待てよ。
という思が色々とわいてきちゃったんです。

それで大繁盛にかまけて
その機会を逸してしまいました。

これを言うのは
ああ、情けないなぁ。恥ずかしいなぁ。
って思いながら、、なのですが。

年長のものとしてどなたかのために書いておこうと(笑)

そう、それを逸したとたんに
ぱたぱたといろんなドアが閉じてしまいました(爆)


「原因と結果の法則」というのがありますが、

まさに。です。

結果が「原因」を光の粒で
3Dプリンターのように創り起こすわけです。


こうしている今も。

薄い層を幾重にも超えるように
未来の私に
希みを届け。

その答えを
どこかで布石として受け取るんだ。
またはいま受け取っているんだ。と思えば、

大切なことはたった一つです。

私は自分を主語にして
本意のままに生きているか?ということ。


だからこそ、尋ねてみたいと思うのが

あなたはあなたの本意で生きていますか?ということ。

ここ数年気になっていることは

本意で生きる
というと
がむしゃらに自分を通そうとする安易さです。

本来は

ネガティブではなく、明るく
ヒステリックでもなく、穏やかに
投げやりにもならず、真摯に
ヤサグレず、素直に
ズルもせず、まっすぐに
暖かさをもってできるものなんです。

本意に生きるとは
応援されてこそ、の道です。

どうしてか?

そう
「層のすべてに存在する私」に伝わり響くからです。


さて、時空の間を漂いながら

現世の還暦まであと一年(笑)

皆さんよろしくお付き合いくださいませ^^




荒巻鮭のころ

Category : 日々の話し
スーパーで「新巻鮭」を見つけました。
半身ですが大きな鮭、
頭もちゃんとついています。

(写真があればよかったんですが、もう冷凍庫の中、、、)

思わず手が伸びました。


それは先日から

「ああ、ふっくらとした荒巻が食べたい」
そう思っていたからです。

鮭にはいろいろな種類がありますが、
もともとは鮭もマスも区別はあいまいです。

キングサーモンは和名は「マスノスケ」。

皆さんが大好きなお寿司やお刺身のサーモンは
日本では採れないので
ノルウェーやチリなどで養殖された
アトランティックサーモンなどです。

紅鮭も日本では採れませんが
北海道の港に上がるので「北海道のもの」
と思っている人がいるかもしれませんね。

なので
「北海道のお魚はおいしい~!
特にサーモン最高ですね!」
とコメントした芸人さんがいても
もう仕方がないかな?って思っていますが

ではあの美味しいイクラが採れる鮭は?
といわれると

それが秋鮭(シロザケ)と呼ばれる種類の鮭なんです。

秋になりシロザケが川に遡上する前に海で採られたものが
スーパーなどでも「秋鮭」と書いて切り身でも売っていますが

それを一本丸ごとしっかり塩をしたものが
昔の北海道で言う「新巻鮭」です。

これが冒頭の
私が食べたいと思っていた
ふっくらとした荒巻なんですね^^

若いころは荒巻といっても
脂ののった銀鮭(養殖)や紅鮭が好きで
秋鮭(シロサケ)など見向きもしなかったのですがね、

懐かしさで口に思い出すのは
年のせいなのか(笑)
シロサケになってきました。

新巻鮭は一昔前には、
お歳暮の花形としてデパートで買うものでした。

一本まんま売り場に並べて
のしを付けて配送されていたんですよ^^

まぁ今でもわずかながらその売り場はありますが
当時みたいに花形ではありません。

荒巻の値段で言えば

紅鮭が一番高級
その次が銀シャケ
その次が秋鮭(シロサケ)

つまりシャケのランクで言えば下です。

これは「皆さんが思うような脂」がない
と思われているからでしょうね。
(ちゃんと秋鮭なりの脂の乗り方ってのがあるんですけどね。
普段皆さん思われているのとは違うようです)

それでもデパートで扱うようなものは
20年くらい前で7000円ほどしました。

「秋鮭が好きな人なんだけどお歳暮にするには安くて」
と悩む方もいました。

どうして知っているかというと
売っていたからです(笑)

久々に買った荒巻鮭
塩辛さが心配だったので
さっと水で洗い
お弁当用に小さく切りわけて冷凍庫にしまい。

今朝自分用に一切れだけ焼いてみました。

期待通りにふっくら美味しかったです。

鼻に抜ける秋鮭の香りも
幸せなものでした。


半身だったので頭もついていて
これは今日の夕食で
久しぶりの「三平汁」となります。

最近は加工時に頭を落としてしまうようで
昔はいくらでも売っていた新巻鮭のアラは手に入りません。
アラがなくては三平汁は作れないんです。

*ジャガイモも必須ですが
普段ジャガイモをあまり食べないので
三平汁のために買わなくちゃと思っていたら
昨日オットが職場でちゃんともらってきてくれました。

秋の美味しいものもたくさんありますが

今年は秋鮭の荒巻で
しばらく秋を楽しみます^^。

バリ島を思い出す。

Category : 本の話し
35歳ころのことです
1回目と2回目のバリ島はツアーでした
友人たちと4人でそれゆえの楽しみもあったんだけど

私がみたかったのは、観光地じゃなくて。
バスから見える路地の中でした。

通りの匂い、子供たちの遊ぶ声、鶏の鳴き声、
山間の森の中を走るバスから見えた
一本の脇道の奥の集落。
そこを訪れてみたい。

どうしてもそんな旅がしたいばかりに

ツアーじゃない旅行をしたのは
バリ島が初めてでした。

行くたびにバリに魅了され
日本にいてもバリに関する本なら手当たり次第に読んでいました。



 

どの本も写真集も
濃厚なバリの湿度を持っていて
私はどうやったらこんな旅ができるのかと。
のめりこんでいきます。

20年くらい前のバリ島には
一種独特の甘酸っぱさや
濃厚な空気感
夜の深さ、怪しさが、
まだギリギリありました。

今はもう
24時間営業のスーパーや
巨大なモールや動物園
「富裕層」相手の高級ホテルでバリ島はパンパンです。

ちなみに私は富裕層の後に続く文節が嫌いです。

「富裕層を狙おう」などという観光産業と
それを臆面もなく見出しにして紹介する新聞と
「富裕層におもねることに臆面もない世間の風潮」が
矮小で嫌いなのでした。


あ、話がずれそう(笑)なので戻して。

中田ゆう子さんのこのご本
『魅せられてバリ島』は
そんな私の望みにぴったりで、
本当にその世界に憧れました。

私もそうやって居留したい
そう羨ましく思ったのです。

私はこれを携えて、その本に出てくる宿を探しました。

そして見つけました。
そして次回は泊まってみようと思いました。

でもその日は訪れなかったんです。
しばらく行けなかったのと、
他に泊まりたいところ、行きたい場所があったとか
一緒の人間がそういうところに向かないとか。

中田ゆう子さんはバティックを勉強され
札幌で個展も開いていると聞いていましたが

そこを訪れるタイミングもなく
いつしか私はその宿のことを忘れていました。

中田ゆう子さんのその本も
どこへ行ったのかわからなくなりました。

******

この夏私は、
そらかな点描曼荼羅の合同展でお話しした方から
ひょんなことから名刺をいただけることとなって

手のひらの中の名刺を見て叫び声をあげてしまいました。

「中田ゆう子先生ですか?!」

バティックの先生である中田ゆう子先生は
共通の友人がいたりはしたのですが
これまでお会いする機会はなく、

本当に感激してしまいました。

それからfacebookを介してゆう子先生とお話しさせていただいている中で
グディーさんが亡くなったとのお話を聞きました。

確か本の中では、とても大切な人物だったはず、、
でも本が見つかりません💦
確かめられずに悔しくて、amazonで入手しました。

ここ2~3日でようやく読むことが出来て。
グディーさんも判明しました。

読みながらずっと、
私の知っている昔のバリのことを色々と思い出していました。

ただの「バリかぶれ」と言われればそれまでの私ですが。

夜道をついてくる犬だとか、
満天の星と天の川のウブドだとか
王宮前は砂利道だったとか、
マニックの宿のトッケイの鳴き声を数えたこととか
真の闇とはこういうことと教えてくれたニュピの夜のこととか
飛行機降りる前からもうサロンとサンダルだったよね、とか
緑色のドレスを着たニャイロロキドゥルのこととか


沢山の忘れていたことがよみがえってきます。

22年間 巨大な遊園地で遊ぶ私

Category : 日々の話し
とある理由があって、私のインターネット遍歴を書いておこうと思いました。

私がPCを手に入れたのは22年くらい前です。

たった22年、、、時間が時間ではないような
不思議な感覚になります。

弟の友人が手放した中古の分厚いラップトップを8万円で購入したんです。
今考えたら高いですよね~~~!

でも新品だと30万を超えるような時代だったんです。

最初の6カ月はインターネットには繋がずワープロのような扱いで、
カチャカチャキーボードをたたいているだけで、

なんだか自分がキャリアウーマンにでもなったような気がしてとてもウキウキしました。

なので毎日触っていました。

何か文章を書きたくなって、エッセイやら、短編小説やら

誰に見せるわけでもないのにせっせと(笑)


そのあとに恐る恐るインターネットという「大海」に漕ぎ出るわけですが、

当時は電話回線で、ネットにつなげる間は電話が切れている状態。
笑えますね~!

私はどちらかというとネットの世界についてネガティブな話しか聞いていなかったんでしょうね、

なのでネガティブなイメージを持っていました。

CMの中にHPはこちら、みたいなアナウンスがあるのも
それに何の意味があるの?バッカみたい!くらいに思っていました。

ところが繋いだ瞬間に、そんな思いは吹き飛びました

黒い小さな箱の向こうの広大さに本当に驚き、自分が一回りも二回りも大きく広がった感じがしました。


そこは「好きな時に世界中にアクセスできる、巨大な遊園地」だったんです。

あの時の自分と世界が繋がって広がっていく素晴らしい感覚を
私は今でも忘れていません^^


バリ島が好きだった私はまずバリ島について調べてみました。

大きな情報サイトには、ビックリするくらいの個人の書いた有益な情報があり
知りたかったことを聞いたり見たりすることが出来る。

なんて便利なの?!って思いました。

そのうちにとあるこじんまりしたバリ島系サイトに居つき、
そこに参加している人4人と掲示板やらチャットを通じて仲良くなり、

そのうちにその中の一人から
バシャールをしって、

私は一気に精神世界の著作物やネットの中の情報にまみれていきます(笑)

まみれたら今度はそれを発信したくなるわけです。

まだ、ブログというのがない時代で

ホームページビルダーというソフトを購入して
ネット上で色々と調べながらタグを打ち
ページを作り、掲示板を組み込み

それを発信するための煩雑な仕組みを何とか乗り越え

今思うと本当によくあんなことしたな。って思うんですが、
出来上がっていくのが楽しかったんでしょうね。

それが約20年前ですから、
それからず~~~っと

ホームページビルダーで作ったHP
 ↓
プロバイダーが提供していた作成方法のHP
 ↓
ブログという仕組みが世にでてきてからは
このブログで三代目かな?

長く運営して自分のなかの時代も変わったなぁって思ったときにやめたり
更新ができなくなってやめたりでしたが
今のこれは8年目。

その間に仕事用とかであれこれ作ってはやめたりしました。
せっかく作ってもやめてしまうのは
そのブログを見てもらうためにする外的活動と連携できなかったからです。

見てもらえないならモチベーションも下がり更新もしなくなりますよね?


ということで、現在は

協会HPを一つ
これはWebデザイナーさんに管理もお願いしているのでほとんど触らないですが

そのほかに
協会用公式ブログを一つ

メールマガジン2種類

だいぶすっきりしてきましたが、

世界はあっという間に進化していきます(笑)

でも、
どこまでそれについていくか?は
自分で決められるのです。

なんとなくおぼれそうで恐いと思っても
浅瀬を選んで進めばいいだけ。

それで浅瀬の代表となった
小さなスマフォの時代になりました。

便利です。

PC開かなくてもすぐにどこにでもアクセスができる

本を持ち歩かなくても好きな本が読める

知りたいことは音声で入れて答えが出てくる

し~か~し~

そのスマートフォンで知りたいことをもっと深く知りたいと思ったときに

もたもたしませんか?

本当に知りたいことになかなか行きつかなかったりしませんか?

どうしてかというとその浅瀬は「広告」でできているからです。

スマフォが手軽に教えてくれる情報は広告と組み込みです。

それが邪魔で世間を見渡せずにイラっとします💦

もちろんPCもそうですが、もう少しおとなしいです(笑)
どうしてか?というと

広告業界は
スマフォのほうにお客様が多いのがわかっているからです。

それでも
その世界でしばらくは泳いでいかなくちゃならないわけです。

だったら楽しもう。

でも最終的には検索事項もスマフォとは比べ物にならないPCに援護射撃してもらって進もう。

スマートフォンを使って
そのスマートフォンが世界のすべてではないことを話そう。

今はそんな風に思っています。

時代って勝手に変わるんですけど

人間の一生にも、その人なりのいくつかの時代があると思います。

人生のある時期に
自分を見渡せるときがきます。

そこが新しい自分の時代を作るタイミングなんだと思います。

「間違ったスタートは何もしないより100倍もいい」という言葉があります。

どうしてかというと、
次は一からスタートではないので数倍簡単にできるからです。

どんな人もそうやって歩いてるんです。

「無駄になる労力」なんて実は一つもないんです。

何でもいいです♪

なんでも、楽しんでいきましょう♪

「不満を持つ間は、人は幸せからはじき返されますのや」

Category : 心と宇宙の話し
初めに。

今回紹介するコラムは、
月刊誌「致知」編集長・発行人である藤尾秀昭氏が書かれたものです。

毎月藤尾氏が巻頭部分でその号の特集を解説する形でコラムを執筆していますが
今回それだけをまとめたご本を出版されるので、
その告知のためにいただいたメールから、紹介されていた一遍を転載させていただきました。

★『致知』創刊40周年記念出版★
『人生の法則』
~『致知』総リード特別篇~
https://www.chichi.co.jp/specials/jinsei-housoku/

アナウンスは無かったので転載不可ではないと思いましたが、
感謝とともにURLまで貼っておきます。

自分のために、しっかりと保存しておきたいお話でした。

**************

感謝報恩
…………

宇宙は百億くらいある。
その百億の宇宙の一つがわが地球の属する
銀河系宇宙だということは以前、この欄で書いた。
 
銀河系宇宙の大きさはほぼ分かっている。
楕円形で、光の速度で直径が十万年、
厚さが一番厚いところで一万五千年かかる距離だという。
あまりのスケールに言葉もない。

その宇宙の中で地球だけに生命が宿されている。
宇宙から見た地球はものすごく美しいと
宇宙飛行士たちは口を揃える。

地球に住む生命体が発するオーラが、
地球を美しく輝かせているのに違いない。

その地球に住む生命体に宇宙は等しく天敵を与えた。

天敵がいなければあらゆる生命は増長し、
蔓延、跋扈する。

それは調和を愛する宇宙の心に反するということだろう。

ただ、限りない生命体の中で人間にだけ天敵がいない。

なぜか。


長い間の疑問だったが、ある時思い至った。

人間の天敵は外ではなく、心の中にいるのだ、と。

人間を襲い、蝕む天敵。
それは心の中に巣くう不平不満である。
事あるごとに湧き起こってくる
不平、不満、愚痴こそ、人間を滅ぼす天敵である。

歌人の生方たつゑの母は、少女の頃、
ともすれば不満顔をするたつゑに、


「不満を持つ間は、人は幸せからはじき返されますのや」


とよく言ったという。
人生を知り尽くした人の英知の言葉であろう。

人間を損なう天敵の対極にあるもの、
それが感謝である。

心が感謝の思いに満ちあふれた時、
あらゆる不平不満は一気に消え去る。

感謝こそ人間という生命体を
健やかに成長させる根幹である。



話は飛ぶ。

昨年、東京で開かれた「人体の不思議展」を見た時、
人間の生命に畏怖に近い感動を覚えた。

殊に全身に行き渡った血管網と神経細胞の標本は、
人知をはるかに超えていた。

身体の隅々に至るまで、微妙かつ精巧に、
そして見事な調和の中に、一点のねじれも
もつれもなく配列されたそのさまは、
神の領域そのものだった。

しかもその一本一本がそれぞれの役割を与えられ、
その役割を果たして全体に帰依している。
全知全能の神でなければ創造し得ない世界がそこにあった。

人間はすでに奇蹟のような生命をいただいて生きている。

「生きて」いるのではなく、
限りない恩の中に「生かされて」いる。
理屈なしに、そう直感するしかない世界が、そこにあった。


「恩」という字は
「口」と「大」と「心」から成っている。

「口」は環境、「大」は
人が手足を伸ばしている姿である。

何のおかげでこのように手足を伸ばしておられるのか、
と思う心が“恩を知る”ということである。

安岡正篤師の言がある。


「我々は天地の恩、人間の恩、道の恩、教えの恩など、
あらゆる“恩”の中にあります。
これに絶えず報いていくのが生活であります」

感謝報恩の人生を歩みたいものである。

****************

自分にうなだれる

Category : フォーエバーの話し
私は先々月くらいから

今までできていると思っていたことが

実は(心底からは)できていなかったという

致命的な思い違いに気が付いて

実は少々うなだれています。

うなだれるというか、

ああ、そうか。が深すぎて
自分に少し呆れています(笑)

気が付いたことはいいことだし、
だからそれを修正することができるはずで、

ある夢の中で、その修正が終わったことも
理解しました。

自分をまた少しえらいなぁと褒めることができました(笑)


そんなことを考えていての
酒井さんセミナー

「沁みました。」

ってそんな一言で言えないほど。



酒井さんの口からは

「潜在意識はとんでもないところからやってくる」という言葉が出ていて

それってこの次のメルマガで私が書いたことでもありました。

潜在意識のギフトってほんとに
「(全く)思ってなかった方向」からやってくるんですよね。


酒井さんも私も、
そしてこれを読んでいる潜在意識使いの皆さんも
何度も同じ経験をしたうえで
その体験で理解していると思うのですが。

思ってもいなかった形と私が思っているのは
意識の世界での話

でも実は潜在意識でその種をまいているのは自分。

でもそれは「いつ発芽するかわからない」から。

いつでもご機嫌で、口から出す言葉や、自分の中の深い思いに
気が付いている必要があるんですね。


そういえば先日ラジオで
そらかな曼荼羅は自分にとって何か?という質問を受けたとき

一番ぴったりくるのは「相棒」という言葉でしたが

昨日酒井さんはこうも言いました。

**潜在意識はパートナーなのに
みなひとりで走ろうとしている**

あ!そうか、そうだよね
私にとって曼荼羅は私の潜在意識の世界そのもの。

だから一緒に歩んでいる感覚だったんだ!って思いました。


**皆さんが自分だと思っている皆さんの信念は
生まれてから周囲によって育てられたもの**

あ、それもテキストで書いたよね。

「自分の力で描こうとしないこと」
これは自分を俯瞰する何かを知るためにとても大切なことなんだよなぁ。
って思って書いたわけですが、

酒井さんからも、チョプラからも、エイブラハムからも、
トリスメギストスからも、あらゆるマスターたちがやってきて
私が理解したことなんです。

あらゆるマスターたちのソースは「宇宙」だから、
それを体験した人たちが同じことを言うわけで

だれがどんな風に言おうと同じなんだよね。
なんて思うわけです。

で、何度か同じことを言われて

「雨だれ岩をも穿つ」くらいになって初めて
本当に理解するのだと(笑)

穿つというのは「集中」を伴います。

ず~~~っとあちこちたたいていたのでは
先に人生終わっちゃいますからね。(笑)

あっち行ってこっち行って
いい話聞いた。で終わってしまう人たちは
身に着ける時間を大切にしません。


相変わらず静かな口調で始まり
次第に熾火が大きくなっていくように

酒井さんは心底の情熱で話をしています。

**僕がこんなところでこんな話をして、
みんなは分かったように思うかもしれないけど
それは分かってないということだからね。

何度も何度もその都度わかる場所や深さが違う。**

その通りです。

私が何度も読まなきゃならない本はこれ。

ほんのり浮かぶだろうネットワークビジネスという引っ掛かりを
一旦消してみて、ぜひ読んでみてもらいたい本です。








吉野神社が教えてくれたこと

Category : 心と宇宙の話し
いやいや、そんな場合じゃないだろう!ってもう一人の私が叫ぶんだけど

こういうのは書きたい時が書くときなのよね。
じゃないと全く意味がなの、あらゆる意味で。

でも、本当は書くつもりがなかった。
何で書いてんだろう?(笑)



ということで吉野神社が教えてくれたことです。


ある朝、頭の中に響いた

「みまさかのよしのじんじゃ(へこい)」という声。(声と認識できるか?は謎、何とも言えない)


「みまさか」
きいたことはある、、地名だな、、、
でもどこそれ?

「よしのじんじゃ」ってことは、実家に関係がある?
なんにしてもそれなら覚えやすい

うつろな眠りのはざまの中でそれだけ覚えたのでした。

その時のFBの投稿
https://www.facebook.com/mandalamayo/posts/1676772289024437


で、起きたらすっかり忘れてまして(笑)

でも、ホントに必要だったのね~、

仕事中に「ぽ~ん!」とまた飛び込んできたんです。

「み・ま・さ・か」

あ!そうだそうだ!そうだった!!

ってことで

でもねぇ、ホントにそんなのあるのかね。って思いながら検索掛けて
びっくり(@_@)!しました

ほんとにあったんです。
一発で出てきました💦

ここまでが、2017年10月の話。

美作とは岡山の一地方の呼び名で、その昔は「美作の国」と呼ばれていました。
色々調べたけどそれは長くなるのでやめておきます^^


そして5月に行ってきました。

吉野神社
32253790_1913498328685164_3332589232341385216_n.jpg

吉野神社はそのあたりの一宮なので参道がとても長く
500mくらいかなぁ、
今は参道は田んぼと田んぼの間にあるくねった道です。
写真はそれを逆から見たところ
32190847_1913498472018483_4316751735197532160_n.jpg


で、参道入り口の第一鳥居なんだけど、
正面ではなく横っちょにあります。

本当ならその道路にかかっているはずの鳥居が横に置かれているようになってるんですね。

第一鳥居


本来第一鳥居と本殿前の第二鳥居は参道として繋がっていたはずですが

第一鳥居が小さすぎでそこに道路を通せなかった
第一鳥居の後ろの大木(多分これも御神木)が育ちすぎていて参道をふさいでいたせいもあって
道路を通せないのでこうなっているんだと思います。


昨年の話の時
鳥取のPさんがわざわざ行ってみてくれて写真を送ってくれたんですが、

さびれて寂しそう、誰からも忘れられたような感じだったのが
今回行ってみると、なんとあちこち普請されて綺麗になっていまして
また、びっくり(@_@)。

この半年ほどのわずかな間に?

んじゃ、え~っと
何の御用でしたか?

そこは明るく力強さがあって、
一層私は何をしに来たのかわからない感じになったんですが

まぁ、今わかる必要もなく、

素朴で風格のある社を見せていただいて、
暖かな日差しと涼やかな風と
静かな田舎の風景を見せていただけて

あの日その声を聴かなければ一生来なかったであろう場所に
感激しかありませんでした。

およびいただきありがとうございました。
と感謝だけがわいてきて。

必要なことはそのうちにわかるんだろうと思いました。

また、中をのぞいて
あの鴨居の上には30㎝くらいの額ならかかるだろうと(笑)
確認しました。

そして
横っちょにへそがきたような第一鳥居から
見えない参道を繋いで帰ってきました。

で、それこそが今回必要だったことだと
帰ってきてじわじわと理解するわけです。

わたしはなにか「することがあるのか?」って方面しか考えてなかったんだけど

実は私のために「見なさい」「考えなさい」ってことだったんですね。


そうとしか紐づけできないことにずっと出会っていて、
都度「はは~ん」って思うわけです。


つまり

「へそがずれてきてるぞ!おい!」ってことなのね。

「道は確かにあるけど、こことここを繋がないとね、わかってる?」

ということを教えてくれていたのでした。

そのためにどかんどかん!と
あらゆる指令が飛んできて
それに従うと「ほらね」ってのが
また更に次のドカン!を連れてくる。


それは仕事がどうとかのことではなく

私の思考の中で
今までに起きていた紆余曲折に目を奪われず。

思考をいったんクリアリングして
スタート地点からもう一度先を見るということでした。

考えてみれば、

行く前からそれらは
色々な形でやってきていたんです。

「壮大!」な
潜在意識のからくりでした。

それらはとても体系的なもので
書くことはできないのですが、

一つ決めたことがあって、

それが、22年前にわたしが「そうしたい!」と
非常にワクワクしたことだったことを思い出し、

こうして時空を超えて物事は叶うわけだから

何一つ諦めることはないのだと
皆さんに伝えたいと思いました。

何でもこうして用意されるものなんです。

それらは
自分で何とかする域を100倍超えています。

あ、そうか、これを書くようになっていたのね(笑)

長くなりました。

最後に

あなたの今はあなたが以前に思ったことが叶った姿です。

あなたは常にあなたを叶えているわけです。

これからもね(^_-)-☆





白い石の神様

Category : 心と宇宙の話し
18-05-15-14-35-21-420_deco.jpg 18-05-15-14-34-53-014_deco.jpg


先日、録画したままずっと見てなかったNHKドキュメンタリーを
何度も行きつ戻りつしながら(掃除しながらだったので💦)見ていました。

その村の古い信仰の神様は白い石(石灰)でした。

中国の秘境チベット高原に「美人谷」と称す集落がある。石の塔が林立する不思議な光景、「唐」の歴史書に「女王の国」とある。今も母系社会の伝統が残る谷の女性の暮らしに海外テレビが初密着。一万の石を積み上げ地震で壊れた家を再建する若妻!俳優・満島真之介は谷に伝わる「白い石の信仰」の謎を追い雪の峠を越え霊媒師と対面、4千年の歴史に挑む。北京テレビとNHKの国際共同制作で美人谷の謎と女性の生き様に迫る。

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/91878/1878310/index.html




その二日後
鳥取に出向いた私がお参りした白兎神社。

そこも白い石は神様だったのです。

「白い石が神様」というシンクロが何を伝えようとしているのか、、、

社務所で
ふらふらと手が伸びて
写真のものを購入してから思い当たりました。


「5つの縁」

それは私がいま喉から手が出るくらいほしいものでした。
*メルマガ読んでくださっている方は「ああ、あれ?」って思うかもですね(笑)

こんな時は

大きな宇宙の
「後押し」や「大声援」を感じます。

きっと素敵なことがある。

そう感じています💖


身体と心と二つ目のお財布について月に2回
ダイエットについて月に2回
メルマガを発行しています。 どなたにも登録していただけます。
こちらからどうぞ↓↓↓


《メルマガ登録フォーム》

↑↑↑ [チェック事項について]
フォーエバーに登録していない方、 登録しているけれどaloewingメンバーではない方は 以下のどちらかにチェックをお願いします。
・一般 心と身体とお財布の健康・潜在意識について
・一般+ダイエット
ダイエットにご興味がない方も身近な誰かのお役に立てるかもしれません。

AloeWingニュースレター(メルマガ)を発行しています。
134067341380713211169 - blog

身体と心と脳の働き、ダイエット 二つ目のお財布についてメルマガを発行しています。 どなたにも登録していただけます。
こちらからどうぞ↓↓↓

メルマガ登録フォーム
まよです♪「aloewingメルマガ」は「心と身体と脳の働き」、そして「二つ目のお財布」についてアロエベラジュースを通して、お話しをしています。 +ダイエット版も購読していただけます。楽しくしっかり二つ目のお財布を持ちましょう♪(私の仕事であるネットワークビジネスのお話しも一部入りますのでご了解ください)
Email *
お名前 *
市区町村 *
都道府県 *
一般と一般+ダイエットを毎日曜日に交互に発行しています。どちらをご希望かチェックをお願いします。どちらも都度内容は違います。 *


* 必須項目
プロフィール

やまだまよ

Author:やまだまよ
やまだまよ
札幌在住、もうかなりいい年です。夫と二人暮らし。
趣味は早起き

1998年から精神世界と潜在意識に出会い

1999年スピ系HPを始め結構長く続けました

2001年4月40歳で4年生大学へ入学

2001年11月アロエベラを扱うフォーエバー社と出会いました。

2007年フォーエバーが取り持つご縁で点描曼荼羅と出会い、

2008年にHPからこのブログへ移行

2009年点描曼荼羅を描き始め、教え始めました。

2013年ネットで願いをかなえる点描曼荼羅画講座を開設

2015年一般社団法人マンダラユニヴァースとして発足、同時に講座タイトルを「宙を奏でる点描曼荼羅画」と変更しました。
(その間もフォーエバー社の仕事を継続して行っています。)

フォーエバーの仕事がなければ私は点描曼荼羅にも出会わず、社団の運営にも力が及ばなかったことでしょう。全ての力を与えてくれたアロエベラジュースとフォーエバー社に感謝しています。


好きな言葉:

右の道と左の道のどちらかに花が咲いているのではない。
自分が選んだ道に花は咲くのだ。

最近の記事
カテゴリ
リンク
私はここにいます^^
Facebook
  ↑↑↑↑↑↑↑↑ facebookのALOE-WINGに直行します。
一般社団法人 マンダラユニヴァースCA
代表理事をしております。
そらかな曼荼羅twitter
FC2カウンター
最新コメント
RSSフィード
ブログ内検索
QRコード
QR
ブロとも一覧

かわいいうさぎ”きなこ”のブログ ~最愛のペットを亡くして伝えたいこと~
attention
当ブログの写真・文章の一切の転載をご遠慮ください。