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なぜ私はアロエベラに出会ったんだろう 10

アロエベラジュースを飲みだして、2週間ほどたったころ
Cちゃんからこんな電話がきました。

「酒井さんってすごいおじさんが
札幌で講演をするから絶対行って!」

正直嫌だったのですが、
大学への通り道にあるホテルだったことと
その午後が珍しく空いていたことから
腰をあげました。

きっとギラギラしたおばさんとおじさんが大勢。

そんなイメージだった私は会場で
全員「世話好き」な感じのおばさまたちに拍子抜けします。

そしてもっと意外だったのが、
ステージに現れたそのおじさんが
とても静かに「潜在意識の話」を始めたことです。

当時そういったスピ系の話は私たちも、こそこそとしているような情勢だったので

会場いっぱいの年齢の高いおばさまたちがそれを熱心に聞いていることに驚いたのです。

こんなところで、
こんな話を、
これだけ大勢の
こんなおばさまたちが?

そう思いました。

そう思いながら私は必死で思い出そうとしていることがありました。



それは、講演が始まる前に渡された赤い手帳と

前の席のおばさまたちの会話でした。

「あら~!○○さん素敵な赤ね~そのジャケット!」

「うふふ。私『赤』は一番苦手なんだけどね、今日は赤って思ったのよ~」

その言葉を聞いたとたん
私の全身が反応しました。


「!!」なんだったっけそれは、

赤、赤、赤、これは重要な事。

このセリフを私はどこかで聞いた

しかも私にとってとても大切なことだ。

なんだっけなんだっけなんだっけ?



私はその疑問を抱えながら講演を聞いていたのです。
それくらい思い出せないものでした、


「私、『赤』は一番苦手」

「私、『赤』は一番苦手」

「私、『赤』は一番苦手」

はっ!!!!!

あれだ~~~~~!!

30分くらい苦しんで私はようやくそれをひねり出しました。


私はなぜアロエベラに出会ったんだろう 6で書いた中野裕弓さんのセミナーで私はこんなセッションをやりました。

ネイティブアメリカンが使う「トーキングスティック」を
向かい合った二人で両端を握り

お互いに共通している深層意識まで下がっていって、
そこに見えたことを相手に伝える。

伝えられたその言葉は「紙に書いて忘れること」と、

「忘れるまで」がそのセッションの内容でした。

私は見ず知らずの女性と組み、
お互いに静かにその意識の底を見ようとしましたが、
うまくできたかはわかりません。

わたしはなにかその時に動物に関することが見えてそれを伝えたと思います。

その女性は私にこう言いました。

「はっきりしたものは見えないのですが、とてもきれいな、濃いのに透明な赤が見えるんです。」

「すごくきれいな赤です。ごめんなさい、それくらいしかわからなくて」


それで私はこう答えてしまっていました。

「赤ですか~私赤は一番苦手な色で~、でもわかりました。
この次それに出会ったら必ず手に取りますね」


手に取るって。。。
言っちゃった。
言っちゃった。
言っちゃった。

それにしても「脳」はすごいです。

ちゃんと忘れてるんですから。
そしてちゃんと呼び戻すことができる。

そんなわけで私は手の中の赤い
「宇宙への広告」と書かれた手帳を

丸ごとすっぽりと受け入れるしかありませんでした。


なぜ私はアロエベラに出会ったんだろう 9

人生初めてのアロエベラジュースの黄色いボトルは

私の誕生日に届きました。

望んでいたものではないものに
なぜだか祝福されているように感じ、
奇妙な感覚でした。

今考えるとそれは
「ズレ」
時間や、場、生きる意味合いが
ひょいと断層を見せたような瞬間

あの時それを迎えたんだなぁと
今なら言葉にすることができます。

さて、さすがにマユツバと思ったCちゃんのこの言葉

「大丈夫まよさん!アロエを飲むお金はアロエが運んでくるから!」

これが現実となります。


届いたアロエベラジュースを冷やしもせずそのまま味見して
私はこう思いました。

「太陽の味、日向の味がするわ~♡」

ここでどうしてもお伝えしたいことがあります。
私の飲んでいるアロエベラジュースは飲む人一人一人が違う味を感じます。
それはアロエベラジュースのせいではなくもともと皆さんが一人ひとり違う舌を持っているからです。

普段「このケーキおいしいね!」と笑いあっても本当はそれぞれに違う味を味わっています。
濃厚なクリームとか砂糖の元ではその差があまりつかないことがあるかもしれませんが

植物そのままのアロエベラは並みいる植物の中でもその違いが本当に(たぶん世界一)顕著です。

「この味なのに平気?」と言われることや、「酸っぱいけど、すっとしておいしい」と言われることもあって
最初私は混乱しましたが、年を経るごとに、そういうことなんだ!と気が付いていきました。

また、少し続けると舌も慣れてくるのか体が変わるのか最初の味とは全く変わって感じるようです。




てっきり「すごく苦いもの」と思っていたからでしょうか?
たったお猪口一杯程度のアロエなのに
量に反して、すぅぅっと「全身」に太陽の味が染みこんでいく感覚になり

「おいしい」と思いました。

とはいえ、Cちゃんのためにこれのアラさがしの気持ちが大きい私だったので。
この一本は自分だけでのもうと決めて冷蔵庫に入れました。

そして何も変化がなかったことを証明しようと思っていたんです。

考えたら1本(当時は2リットルボトル)でどうこうとかいう考えって無茶なんですよね。

「体の自然に任せて足りないところを補い」
「今ある身体とともに新しいものを作っていく」

それがアロエベラジュースの仕事ですから。

でも当時の私は
「何も効果がなかった」「私には不必要」とそう思いたかったんだと思います。


毎日冷蔵庫からボトルを出して、60cc(ひと月2リットルの計算なので)を量り
飲み始めて1週間くらいだったと思います。

ドアチャイムがピンポーンとなりました。

インターフォンを取ると知らない人です。

どんなご用件でしょうか?と尋ねると

「お宅の横の土地を駐車場に貸してもらえないでしょうか?」という話です。

今でもその方どこの家の方かわからないのですが、
家族が増えて自分の家に停めきれなくなったので、とのことでした。

それまでも10年くらい住んでいますがそんな話は初めてでしたし、
うちじゃなくても空き地がたくさんあるんです。
ただ、新車を買うので駐車場の証明が欲しいということもあって訪ねていらしたんですね。

そんなわけで、月の駐車場料金を他に合わせて7000円と決めました。

2リットルの定価には追い付きませんでしたが
すごい!アロエ!爆

結局このシンクロは長く私(の購入)を支えてくれました。


ボトルに巻き付くように同封されていた「登録書」。
登録しろってこと?

でもまぁ、営業所というのも知った住所だったこともあって
この会社を見に行くいい機会。そう思いました。

営業所は非常に事務的な事務所で、
わけのわからない私にとってあっさりとした印象でした。


それと同時くらいに起きたこと。

それが、酒井満さんの講演会での人生を左右するシンクロでした。

やっぱりね~ずっと、こうしたシンクロに導かれているんです。


なぜ私はアロエベラに出会ったんだろう 10に続く

なぜ私はアロエベラに出会ったんだろう 8

すごいですね。

「なぜ私はアロエベラに出会ったんだろう 7」を書いたのが
2010年12月。。。

かれこれ6年経っての続編です。

なぜ6年経ったかと言えばこの辺りからわたしは「自己流点描曼荼羅画」を描くようになったからです。

それが現在の「宙を奏でる点描曼荼羅画講座」
ネット講座で始めて、
全国にプラクティショナー(講師)を輩出し
社団の代表になりました。

しかしこれも
アロエベラのご縁からであって、

それがなければ私はどこかで点描画を見かけても
「うわ~無理っ!」って叫んでいたことは間違いありません。

7を描いていた2010年の私にこういいたいです。

ちょっとあなた!流れに身を任せていたら大変なことになったわよ!って(笑)

ということで話を戻したいと思います。

***********

その当時テレビショッピングを見てはあれこれほしいという父親が存命中でした。

そんな父はCMに影響されて「青汁」を買ってくれと言います。

どうせすぐに飽きるので放っておいたのですがあまりにしつこいので

大学生となりPCに首ったけの私はその日、

ネット検索をして父に飲みやすい青汁はないかと探していました。

*父は好き嫌いが異常に激しいのでせっかく買っても一回で「いらん」と言いかねないのです。


そんな時に「電話」が鳴りました。
懐かしいですね~「イエ電」です。

電話に出てみたらそれはCちゃんでした。

私はたぶんその時初めてCちゃんの声を聴いたのだと思います。

確かに電話番号は伝えたことがあったと思いますが
かかってくる用事があるなど思わなかったのでとても驚きました。

嬉しかったのと、あれ?!どうしたんだろう?というのが一気に押し寄せましたが

そのあとのCちゃんの言葉が私にとって一生を左右するような言葉になるとは
その時は思いもよりませんでした。

Cちゃんはこう言ったのです。

「まよさん、アロエベラって知ってる?」

そのあとのやり取りはぼんやり覚えている程度ですので書きませんが

とにかく当時の私には「天文学的に高い」と思ったのと

Cちゃんはきっとその会社に騙されている。と思ったことを覚えています。


同時に私の頭の中では

青汁を探しているこのタイミングで同じ植物のジュースのお勧めってなに?このタイミング!

というシンクロも、テロップのように流れていました。


それでどうしたかというと、

根がまじめな私はこう考えました。

知りもしないでそういった販売方法のものだからと言って毛嫌いをするのであればそこいらの人と同じ、
一本だけ飲んで、続けられない理由を作ろう←(結局そこいらの人)

Cちゃんが騙されているなら何とかして助けてあげたい(当時は「いい人」志向、今では余計なお世話)


それでもこの言葉だけはさすがに「Cちゃんそれはさすがにマユツバもいいとこ!」と思いました。

「大丈夫まよさん!アロエを飲むお金はアロエが運んでくるから!」


・・・ところが、それ本当になってしまったのです。


なぜ私はアロエベラに出会ったんだろう 9 へ続く

なぜ私はアロエベラに出会ったんだろう 7

「社会人入学」


私が高校3年の時、母が亡くなり。

進学なのか就職なのか?も決まらないうちに
家業をやらなくてはならないことになってしまいました。

特に勉強したいこともなかったのでその時はそれで良かったのですが


30歳になる少し前くらいから
どうしてか分からないのですが
「大学へ行ってみたい」と思うようになりました。

私は22歳で結婚しましたが子供は出来ず(^^;)
そんなこともあってか、自由に遊んでいましたから

なにか他のことがやってみたかったんだと思います。

「いつか機会が会ったら社会人で入学したい。」
「保母さんか幼稚園教諭の資格があれば」

そんな感じでした。
通信大学も調べてみたりしましたが

お金が整わなかったので(笑)
常に諦めているうちにそれを忘れてしまっていたのでした。


レポートを書くのが好き
大学へ行きたいという夢が昔あった。
大学へ行くという理由があれば仕事を辞めやすい。

安直だと思われそうですが

「本当に好きなこと」って、そのくらいのものだと思います。

そのくらいのことに400万ほど掛けられるのかどうか?って話なんですよね(^^;)
貯金なんてほとんど無かったですしね。

逆に「有ったとしたら」そのお金を使えただろうか?と思うんです。
使えなかったと思います。

「無いからできたんだな。」今でもそう思います。


月30万近い給料を棄てて、大学に行くのは
本当に本当に本当に本当に恐かったです。

「本当に」を100個書いても足りないくらいです。


すごく似てる感覚だなぁって思ったのが
どこかのタワーで見たアクリルの床
真下が見える透明な床に足を踏み出す感覚です。


ひゅーっと下に落ちていくのでは?
脳は「大丈夫」といっても身体が「すくむ」
その何とも言えない感覚です。

それに似ていました。




ず~~~っと、家の商売、派遣で食品販売やってきましたから
「大学」ってすごく「高い位置」・・に思えましたが

「大学生」になってみたら1mも有ると思っていた段差がホンの2~3㎝だった。。。って感じました。
何のこともないことだったんです。

なんでも端で見ているときはそんなものなんだな。
そう思いました。


と言うことで、私は40歳で
アルバイトしながら大学へ通いだしたわけです。

入学金と前期の授業料?
なんと・・・若いときから掛けていた生命保険!!
ここで借りられたんですね~~~!

ナイナイ!と思っていても

逆さにして振ってみたら。

というか、本当に歩き出したら。。。
なんとかかんとか見つかるものなんだなって。
びっくりしました。


さぁ「本当に好きなことをしていたらお金は自然に付いてくる」ってのはどうなるのでしょうか?(笑)


実は

学生生活が楽しくて、新しい生活を自分で手に入れたことが嬉しくて
そんな事もすっかり忘れていた頃でした。


大学1年生の11月
私の誕生日に1本のアロエベラジュースが我が家にやってきたのでした。


ああ、やっとアロエが登場します(笑)

なぜ私はアロエベラに出会ったんだろう 8

なぜ私はアロエベラに出会ったんだろう 5

「精神世界」

前日まではそんなジャンルがこの世にあるなんて知りませんでした。


何もないところから突如 湧いてきた思想。

そんな印象でした。



いえ、何もないところからと言うのは嘘かもしれません。


私には自分の中にその種があったことを
本を通して気が付きました。


だから。

自分の頭の中の考えが
こうして本になってしまっていることに愕然としましたし。


「精神世界」の本棚におぼれていきました(笑)。



毎日のように通い

むさぼるように読んでいました。




話がずれてしまうので、その辺はうやむやにしてしまいますが(笑)



今で言う「スピリチュアル」とは
やっぱりちょっと毛色が違ったと思います。


開設したHPでバリ島の話や精神世界の話を書くようになっていきました。

小難しい方向でした(爆)




今まで生きてきた人生で
あんな風に自分というものを考えられたことは無かったので
私はもう夢中でした。


今でも考え方の全てのベースがそこに置かれています。



Cちゃんが教えてくれたバシャールというジャンルを越え
シンクロの名のもとに(笑)どこまでも行ってしまう私。


その頃、職場は大きく展開を変えていて
私の仕事量も多くなっていきましたが

仕事的にも変化の大きい時期だったこともあり


思考回路が変わっていく日々でも、
現実は上手く合わせていけました。



現実が上手く動いてこそ、の「精神世界」
と言う感覚は持ち合わせていたので


いろんな思考実験をしてみたのもこのころです(笑)。

面白がっているウチは良かったのですが・・・




だんだんと職場での苦痛の方が多くなっていきました。

引き寄せるものがどんどんと色を変えていきました。

ここにはもういなくて良いよ。
と言うようなことばかりがたてつづけにおきて来たんですね。



精神世界を知るまでは

仕事が私のほとんど全てでした。


なので、他にどうして良いかがわからなくて
すごく苦しみました。


職場に行くのに、玄関で靴を履いても
立てなくなってしまいました。



そんなときに私は人生で初めて「セミナー」と言うものに出席しました。


講師は中野裕弓さん。


ここから又私の人生は劇的に変わっていきました。



そしてまだ私はまだアロエに出会っていません(^^;)



なぜ私はアロエベラに出会ったんだろう?6へ続く




私はなぜアロエベラに出会ったんだろう 4

私は本を手に取ったまま、しばらく立ちすくみました。
やめようか…と思ったんです。

全く興味がない本だったからです。

でも同時にCちゃんがこの本を枕元に置いて、読んでは寝ている。と言った
言葉を思い出しました。


ここには、何か私の知らないことが書いてるのかもしれない。
「知りたがりや」の血が騒ぎました。

『バシャール』とは人の名前でした。
人と言うより「宇宙的な存在」

存在そのものの名前が「バシャール」です。


本を手に取りしばし・・・

そして「感想文を書く」と言う約束も思い出しました。

約束を反故にする。ということはできない。
感想文は書かなくちゃ。
→じゃぁ、どんなものでもとりあえずしっかりと読んでみよう。

そう考えました。


バシャールは1,2,3と3部作になっていて、
私はとりあえず1だけを購入しました。

「1」だけでも十分だろうと言う考えが少し浮かんでいたと思います。


その夜、わたしはぼんやりと本を手に取り、長い前書きから読み出しました。


どうやら、セミナー時のやりとり自体が本になっているようで
読みやすい印象はなかったですが…



その夜私は結局、明け方まで本を読み続けてしまいました。

読み始めのたったの5ページほどでわたしはその本の中の世界にはまってしまったからでした。



なぜか?っていうと、

バシャールの言うことはことごとく

以前から人には言えずにいたけれど私が考えていたこと、
小学生の時からの疑問とそれに対する自分の考え

それらを私の脳味噌から盗んだかのように同じだったんです。

どうして私が誰にも言っていなかったことをこの人は知っているんだろうか?

それも一つや二つではなく、全て…・。



それまでの私の日常生活の中で
どちらかと言えば封印されていて

けれども根底にあった「命や宇宙」の成り立ちと仕組み。

人に言うには上手く説明できず
ましてや「そんなバカなこと」と一蹴されるような
私の中だけの「この世の解決」は


ふだんの生活の中で、自分だけが使えるアイテムでした。


なのに…・
ええ?そんなことを公に信じる人たちがいるんだ!!!

ハッキリ言ってその方がビックリしたのかもしれません。

例えると、

平面上に書かれた製図があって
私にはそれが立体で「見えて」いるし奥の仕組みやからくりも
手にとるようにわかっていたとします。

その仕組みはまだ世界中の科学では立証されていない
とある「ソフト」を使うことで、できるんだけれど

でも実際に他の方にはただの平面上であって、
そこから現実にある尺度を使ってそれを立体におこして考えることは
できるけれど、

あくまでも現状使える手法でしかなくその先は無い。

私が使える「ソフト」は皆さんにとって

「科学的に立証されていない夢物語で何ができるの?見えるって?なにそれ。」

だと思っていたのに…・



実際にはそのソフトを「提示」し、説明し、4次元以上まで
説明を試みている人(というか、チャネルなので人よりもしゃべっているバシャールと言う存在)がいて

それをすんなりと受け入れている人たちがいる世界があるって事に驚いたわけです。


ど・ど・ど・ど・どうしよう?
私がそんなことを考えてしまったために、これらのものが作られてしまった。



まず、そう思いました。(^^;)

考えたらすごくないですか?
そんなこと考えながら餃子売ってたわけです(爆)



そして、まだまだアロエには出会っていません。



なぜ私はアロエベラに出会ったんだろう 5 へ続く


なぜ私はアロエベラに出会ったんだろう?3 

当時の私はまだ38歳くらい、
派遣で入っていた小さなお店には明確な目標があり
毎日の売り上げを上げることが私の仕事でした。

派遣ではいるということは、
アルバイトの店員より売り上げに対して重荷があります。

「売って当たり前」の金額で雇われているわけです。

これはものすごく私にとって楽しいことでした(^-^)。


午後5時になると周りのお店の人に嫌な顔をされるくらい
下りエスカレーター方向に向かって
声を限りに叫びましたね(^^;)

「ただ今からのお値引きです~~!!」


お客様を引きつけるために一番効果があるのは
「人だかり」です。

まず2~3人の人だかりを作ってから
包装し、袋に入れ、お金の受け渡しをします。

その間に寄ってくるお客様が行ってしまわないように
声を掛け、引き留め、「次にお渡ししますね、○○円です」と言いながら
先のお客様との受け渡しをしていると・・
お客様はお金を用意しながら待ってくださいます。


待たせ過ぎず。
さっさと帰さず。

一旦お客様が切れると・・次に集まるまでの時間が無駄ですから

お客様が一人になったときは。
そのお客様を相手しながら、次のお客様をつかかまえようとかまえます。


ああ、楽しかったのを思い出しちゃいました(^-^)



どんなお店が入っても上限2万だった、奥まった小さな店で
毎日7万売っていました。


脇の小さな実演厨房で、餃子を握る専務と二人で
何時までに○○○○円を作るには、
商品がどれだけあって、どこまで値引きすれば、
その金額が作れるか?


何時からいくら値引きして
様子を見て何時からまたどのくらい引いて販売するか?

「売り上げをいくら作りたいか?」によって
下げる率や、作る個数、値下げの時間を決める。


夕方5時からが、私の楽しい戦場でした。



目標だった数字を、作り続けて

そのお店は、とうとう売場中央進出を果たしました。

嬉しかったですね・゜・(。>ω<)・゜・
そのために毎日がんばってきましたから。




私がバリ島へ行きだしたのはそんな時期と重なっていたのでした。

仕事も充実して、達成感に包まれ
帰宅してからは

HPのみなさんと楽しくチャットで
バリ島話や世間の話題に花を咲かせていました。



そのほかに当時の私が一番好きだったのが「読書」でした。

とにかく片っ端から話題作や、名著を読みあさっていて
社食でも休憩室でも読んでいましたから
考えるとあれは「活字中毒」でしたね(^^;)。


それがぱたっと「読みたい本が無い」と言う状態になったときがあり。
それをバリ島HPのBBSで話したりしていました。


そんなときにCちゃんがメールをくれたんです。

「mayoさん、私はいま『バシャール』って本を読んでいてね、すごく良いの~。
寝るときに読んで、枕元にいつも置いているの」
「良かったらmayoさんも読んでみてね~」って


元来お調子者の私はこう返事をしました。

「そんな名前の本聞いたことがなかったわ~!
Cちゃんがそう言うなら読んでみる!ちょうど今読みたいものがないなぁって思っていたから」

「読んだら、感想文書くね~!感想文書くの好きなの~」

なんて(^^;)

『バシャール』がなにかは、ちっともわかりませんでした。
人の名前か?土地の名前か?もわかりませんでした。


職場の近くで昼休みに通う大きな本や
「紀伊国屋」へ行ってみたのですが・・・・

どこにもありません。

今のように検索機械もありませんから、店員さんに聞いてみました。

店員さんはカウンターの中の検索機を使い
こういいました。


「あちらの棚の裏側の『精神世界』というコーナーにございます。」


なんじゃ?その『精神世界』って・・・・・・・?

何年も頻繁に通っていた本屋だというのに
私は生まれて初めてそこの本屋にそう言うジャンルの
コーナーがあることに気が付いたんです。



衝撃でした(^^;)


だって『バシャール』というほんの帯には
「チャネリングがなんたら・・・」って書いてあったんですもん(^^;)

よく電柱に怪しい広告が貼ってあって
○○来日・・!チャネリングとは!みたいな・・・・


そうそう「ムー」って雑誌でも昔聞いたことがあるフレーズ。



Cちゃん・・・・
これって・・・・・・゜・(。>ω<)・゜・   怪しすぎじゃん!

本棚の前で立ちつくす私でした・・・・・。



なぜ私はアロエベラに出会ったか?4へ続く


なぜ私はアロエベラに出会ったんだろう? 2

PCは私にとって魔法の箱でした。

こんな小さなものから世界中に繋がっていることに
とても感動しました。

何でも知りたがりやの私はもう夢中でした。


当然大好きで気になっているバリ島のことを調べたら
沢山のことがわかりました。


当時は「ブログ」というものがなく、「HP」でしたが
バリ島関連のサイトが結構あって・・・


「BBS」という掲示板でみなさんが楽しそうにバリ島の話をしていました。


「BBS」はどこも話も濃くてなかなか入りづらかったのですが

知っているお店のことをお話ししているBBSがあり。
私はついに・・そこに書き込みをしてみました。


そこは「なってぃ」と言う男性の管理人さんと、女の子が4人くらい参加していたんですね。
とても喜んで迎えてくださり、あっという間にお友達になれました。

私のまだ知らないバリ島の話をたくさんしてくれて・・
仲間のように自然に扱ってくれたことが

とても、嬉しかったのです^^。

毎日参加していましたし、チャットで話す事も初めて覚えました。

考えたら私がどこでも結構平気で書き込みができるようになったのは
そのおかげかもしれません^^。


このHPのおかげで、
バリ島に関する情報が満杯になった私は

ツアーではなく、初めてフリーでの海外旅行をしたんです。


インターネットで宿を探し、車を手配し、ルートを考え
今度はダンナと二人でバリ島にいきました。


ダンナもホテルより路地好きでした(^^;)から
そりゃぁもう満足の行く旅でした。

アメッドまで足を伸ばし、グッドカルマバンガローで過ごした3日間は最高でした。
グッドカルマはこれ↓を読んでどうして泊まりたかったわけです。
バリ島晴ればれ絵日記


帰ってからの報告でまたぐっと親密になった私たちは
彼女たちの地元横浜で「オフ会」をしました。

私も札幌に戻ってから初めての横浜行きでした。

当日仕事でどうしてもこられなかった「Cちゃん」以外みな集まってくれて
それは楽しい食事をしました。


そうこの「Cちゃん」がこれからの主役です(笑)



なぜわたしはアロエベラに出会ったんだろう?3へ続く





なぜ私はアロエベラに出会ったんだろう?1

今でもたまに不思議だなぁって思います。

もちろんそれは偶然ではなく
私が引き寄せたのだと言うこともわかっていますが。


そのタイミングとドラマは、わたしのちっぽけな頭には経験がない程の贈り物でした。



不思議なことにバリ島と、精神世界、アロエベラは
一組のセットで私の所へ現れ。
急流となって私を運んでいったのでした。


そんなお話をしてみます。


今から14年くらい前になるでしょうか。

私はダンナの転勤で住んでいた横浜から札幌へ戻り
元の職場に戻り、気ままな派遣生活を送っていました。

その時の私の精神活動というのは
なんだろ・・・普通でした。
ちょっと変わってる趣味(ドキュメンタリー好き・レポート好き)以外

普通に新聞やテレビの言うことを「真実」と受け止めていましたし、
世の中には私よりもっと大変な人たちが入る、と思えば今の生活に文句は言えないよね。
くらいの感覚はありました。

好きだった本は心理学ものとか、考えさせられるタイプの本でした。

音楽はブラックミュージックから細野晴臣まで
音楽がなければ生きていけないってくらいの「音好き」でした。



「ね、ね、バリ島行ってみない?」
友人の一言で行ってみた初めてのバリ島で

私は綺麗なホテルやプールや青い海、レストランよりも

細い路地の匂い、暗い蛍光灯の明かり、子ども達の姿。
屋台や、食堂の匂い
それにとても心惹かれました。


一緒の友人達は観光ですから、ぜんぜん私の要望に付き合ってくれず(笑)

次の年も一人入れ替え(ダンナ)同メンバーでバリ島には行けましたが、
その時もあまり欲望は満たせませんでした。

ああ、あの路地を曲がってみたい・・
どんな生活があるんだろうか?

私は・・バリ島のことばかり考えていました。


そんなときに、やってきたのが一台のPCでした。
このPCが私の人生を180度変えていったのです。



2へ続きます♪
プロフィール

mayo

Author:mayo
アロエベラと潜在意識

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