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『動的平衡』

感動が薄れないうちに。

twitterで見かけた福岡伸一bot

生物学を学ぶとわかるのが、世界のあらゆるものが「流れている」ということなのです。
私たちを構成する分子はやがて空気中に流れ出していって、次には海の一部になるかもしれないし、岩の一部になるかもしれない。
生物とは、そうした流れの中にできた一瞬の淀みのようなものです。



私自身もそう思いますし、
その言い表し方がとても素敵でリツィートさせてもらいました。

つい最近そこからbotをずっと眺めていて

やっぱり良いなぁこの人、
この人の本読んでみたいなぁと思ってレビューを見たら

あ、ライアルワトソンの事を書いているの?
お!それもそちら側なんだ!
やっぱりねぇ。うれしい💛

おまけに、今気が付いた
私が好きだった彼の本を訳した人だったんだ。

・・・知らなかった。
だってその本読んだのずいぶん昔。

どーりで、私の琴線がピロピロ震えるわけです(笑)

そんなわけでライアルワトソンの事をどう書いているのかも気になったし、

この人の文体がとても好きだしと思って買ってみました。



そして2日で読みおわりました。
面白かったから。
読み終わるのが惜しいとおもったくらい。

2009年という古い本だったのは手に取ってから気が付いたのですが
それを感じさせる部分も気になりません。

福岡氏はテレビでよく見る顔でしたが、

今これを書くのに調べてみて
初めて何者かわかった感じです。

生物学博士で専攻は分子生物学(!やっぱり!)で農学博士

本からトピックスをつまんで少し書いてみようと思います。

まずは彼が言った
「直感には頼るな」についてです(笑)

そこに至るまで脳にかかっているバイアスは、
それまでその人間にとってなぜ必要だったか?を証し

それによって狭い世界しか見られていないこと、
直感が導きやすい誤謬(ごびゅう~誤り)を避けた方がいい
だから直感に頼るのではなく学ぶことは必要である。

という話なんですね。

私は曼荼羅の描き方を「直感で」と言い続けています。

直感がどこにあるか?
直感はどんなものか?

これらを見つけ身に着けて描いていってもらう事が大切だと説いています。

思い付きは自分の知識の中のもの、つまりは「意識」からやってくる
直感はそれ以外の閃き、脈絡のないものつまりは「無意識」からやってくる

と、考えています。

福岡氏のおっしゃる
「直感には頼るな」という部分は
「思い付き」を表しているんですね。

で、私は後者の事を言っているのですが、

面白いことに、実は同じことを言っています。

なぜ直感を頼ってはいけないか?は
それがそれまでに得てきた環境で出来上がっているから
「直感が把握しづらい現象へイマジネーションを届かせるためにこそ勉強が大切であり
それによって自由を得る」のだと。

そうそう、私は最初からそれを直感としてそれに気づくための練習を
この曼荼羅を描くことで得ていってもらおう。としている。

福岡氏は
「おもいつき」を直感と呼んでいるので「それを頼るな」と言っていて

私は「今まで培った意識の中のものをなるべく使うな」といっている

言葉の使い方とそこに持つ意味の違いで

「直感を使うな」

「直感を使って!」

の二手に分かれてしまったんだな~っと、
面白く感じたわけです。

という事で、分子生物学の面白い話はまた後日(^_-)-☆

ライアル・ワトソン博士の本のレビューをこのブログで昔、書いていたので、
暇になったら読んでみてくださいね。

実際には日付よりもっとすごく昔に書いたものですが、

私にとってライアル・ワトソン氏の本は
人類や生物に対していつも甘酸っぱい思いをさせてくれた
素晴らしいものばかりです。

未知の贈り物 ライアル・ワトソン
2012年09月06日 (Thu)
http://mayoone.blog96.fc2.com/blog-entry-753.html
『ネオフィリア』 ライアル・ワトソン
2012年09月07日 (Fri)
http://mayoone.blog96.fc2.com/blog-entry-754.html
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LOVE、MEDICINE&MIRACLES~「奇跡的治癒とは何か」

シンクロと直感がいつでも
潜在意識への入り口

またしてもそう思う出会いの本。


書かれたのはもう30年も前
一つ一つの文字やエピソードが
著者の手によって生み出されているその時間

私はなにをしていただろうか?と遡ってみれば
真正面から人生に苦しんでいた時期。

そしてその時に読んでも、
私には今の10分の1も理解できない内容だったと思う。

仕方ないのだ。
私にはその経験が必要だったとしか思えないし。
それがあったから私はいま幸せである。

ではもう一度できるか?と聞かれたら
速攻却下で裸足で逃げる。

現役の外科医として著者がたどり着いた手法は
結局、外側に現れている病気は
本人もわからないほど奥深くの
本人の欲求によるのだということと
そこに光を当て外側に出してあげないと病気は治らない
ということだった。

すべてをうなずけて、
自分がこの本を読むタイミングが来たのだと思わせてもらった。

何度も書いているけれど。

私は自分がたどり着いた大きな結論があるとき、
それはその直後に読む本によって、
全肯定してもらえる。
必ず。
だ。

というか、
そういう本がいかにも昔からあったかのようにして
私の目前に生まれるのだと思っている。

今回の件もそう。。

「奇跡」の定義って何だろうか?とふと思った私は
目の前のキーボードをこうたたいた

「奇跡とは何か?」

すると、辞書サイトより先に
この本が数件上がってきた。

「なにこの本?」
と思ったと同時に
私の直感は「これ!」と言う

このときの私は(後出しじゃんけんじゃないけど、)
自分に起きた病についてこうした結論に至っていた。

「あきれるほど単純に病は生まれる」

なので、奇跡的治癒というものがあれば
その単純な仕組みに類するものなはずだ。
直感はそれを教えてくれてるのかもしれない。

****ちょっと脱線****
私はその本のレビューを覗いてから購入ボタンを押したのだけれど
読み終わった今、
そのレビューを見て、
本当に面白いと思うことがあった。

7人中6人が☆5つ
1人が☆4つ
この1人の人のレビューが
本の中にある治らない人の典型的なパターンだからだ。

読んだからレビューを寄せているのだけれど
そもそもが「読めていない」。
それが自分でまるで分っていないのだ。
************

結局「奇跡」の定義については興味がなくなった。
もともとそんなに興味がなかったというのがこれでわかる。
奇跡とは奇跡だから。

この本は皆さんには関係ないかもしれないが
私にとっては、
新たに横たわる自分を掘り出すような問いかけに満ちていて
私のためだけにその単純な問いかけをしてくれている。

スコーン!っと、
だるま落としの中段が抜かれてあらわになったかのような。

そんな恥ずかしさを超えて、

この本が誰かの役に立つのであればと思って
これを書いている。

口が言う望みと
腹の底が持っている望みはあからさまに違う。

口が言うことと取り巻く現状が違う場合は簡単である。

「取り巻く現状」
それがその人の腹の底の望みだとしかいいようがないからである。

あきれるほど単純に。
それに気が付けば改善は簡単で

潜在意識は自由に動かせるようになる。
これが鉄板だ。

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「教育超格差大国」アメリカ (扶桑社新書)

読もうと思っている山積みの本から、
最近届いた新書
「「教育超格差大国」アメリカ (扶桑社新書)」津山恵子著


これを今回の東京行きに持って行ったのですが(^_^;)開けず帰宅。
今朝ふと開いたら止まらず、一気に読み終えました。
う~ん、面白かった!
前半で脳みその皮が2枚くらい剝けて
後半でその脳みそをじゃぶじゃぶ洗われた感じだったのです。

それで、色々お返事や仕事があるので、お待たせしてる方には申し訳ないのですがこれを書いています。

NYの高水準の家庭に育つとそうなのか!!
で、皮一枚

ハーバードに入るって言うのはそういうなのか!
で、皮もう一枚、

格差という点ではそう高低が(アメリカほどは)ない日本も
じゃぁ、それでいいのか?と言われると、
お願いだ、東大で満足しないでハーバード行って世界バージョンでブラッシュアップを図ってくれ!とわがままな希望を言いたくなるのでした。

ここで脳みそじゃぶじゃぶ洗ってスッキリ!したのですが、

どうしてか、というと。

早朝本を読む前に、数日前のオバマ大統領の「所感」を新聞で読んだからです。
*オットがその部分を抜いて置いておいてくれて、グッジョブです!

内容はともかく、なんて美しい文章なんだ!と、それに驚きました。
もちろんこれを作成するにあたって、相当な知識人たちが関わっているとして、
その人たちの(何気ない人たちにも届けることができる表現を含む)知識の深さに圧倒された後だったので、

そうした知識がどのような人によってどのように形成されてきたのか?を
この本で少し垣間見られたからでした。

本は2010年くらいのデータからここ最近までを追っていましたが、
日本でも今同じことが沢山ありますから、つくづく考えさせられました。

少し上げてみると

〇教育を受けるため、仕事を得るため軍隊を志願せざるを得ない若者たちと、そのリクルーターたちの釣り言葉
私の周囲でも自衛隊に入った息子の話をよく聞きます。親や祖母はこう言います「仕事ないからね」って
不思議なんですが、パイロット候補生が多いんですよね。千歳が近いからとは言えないと思うのですが、
わたしはこれを、なぜそんなに誰でもパイロットにしようとするのだ?と不信がっています。

〇(ほとんど生涯保障される)教師の質と学校水準
本の中では「ラバールーム」を紹介してましたが、そんなの成り立つんだ!と思い、あ、でもひょっとしてそれにい同等な制度が公にならないだけで日本にもあるのかもしれないと思いました。

〇市長が教育長が変わると(良い方向へ行かせようという思惑のだめだとしても)振り回される親と子ども
子ども手当の話し覚えていますか?あれが存続して、発展して子どもたちの学力知力が少しでも上がれば、全体としてその後に渡る教育格差を均して行けたかもしれないと思います。



マンハッタンの建築中マンションが30億も50億もするけれど、
そこで動くアラブマネーやチャイナマネーは下へ下へと辿って行くと
労働者階級の時間と体力知力を菜種油を絞るように搾り取られたあげくのものではないか?
その手を少し緩めるだけでも、教育水準上げることができるだろうに、と思いつつ。
(あ、そうか、それだと思惑が外れるのね。)

そんなに大量にお金を掛けずに与えられる知力や思考力が日本にはあるんじゃないかな?とそんなことに期待しています。

サブタイトルになっている「貧困層の子どもは脳まで小さい」については
食事情が大きいとは思っていましたが、
そうした地域のスーパーは行けども行けども缶詰コーナーであり、生野菜はずっと奥に潜んでいる。
その理由は料理をする親(料理をする時間が無い)が居ない。と読んで、
何だかそれは本当に悲しく感じました。

昔、小錦の大好きなママの料理が
「缶詰のスパゲティを盛大にバットに敷き詰め、缶詰のソースをドバっとかけて、袋のチーズをどっさりかけてオーブンで焼いたもの」だと知った時に愕然としましたが、

先日訪れたNYでは、新鮮な(それもオーガニックが多い)野菜がどっさりと並べられたお店ばかり行っていたのだと知りました。
そうしたことにキチンと意識を持てる人たちが多く住んでいるんだということなんですね。

スポンジみたいに脳が知識を吸収する時期に、
身体や脳が母体で作られるときに、
その偏った(どころではない)栄養素(とも言えない)しか与えられないのだとしたら、最大の人権侵害じゃないのか?と思いました。

親の子どもへの関与の低さや
食という根源的な部分への関心の低さが
現代においてもそんなに低い人たちが、圧倒的な数で存在することに改めて胸苦しい思いがしたのでした。

日本もじわじわと同じことが起きている中で、
なにが出来るのか?を今近くにある中から探すのではなく、
開発するくらいの勢いで考える必要が個々の家庭にあればいいな。

そう思わせてもらいました。

ぜひ読んでみてください。
世界が広がります。

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「宇宙」そうきたか!

P5080006.jpg
宇宙物質が沢山(*^-^)v←冗談ですがあながち冗談でもないです。
http://mayoone.blog96.fc2.com/blog-category-14.html




いつからだろうか?
もうずっと昔から
私が得た気づきは必ずその後
手に取った本の中で裏打ちされていました。

こうだろうな、と思ったことが
その後に読む本の中で「そうだ」と出てくる。
必ずそうでした。

私はそれを長年シンクロだと思っていたけれど

近年それは「誂え(あつらえ)」だろうと思っています。

私の潜在意識はそれを引き寄せるのではなく誂える。
そう言う感覚の方が大きいのです。

私は曼荼羅画が外側に何も持たない「円」であることを
一番奥で一番安心して受け入れています。

円はこの宇宙で一番大きなものを差す。(同時にそれは一番小さなものも差す)
つまりこの宇宙を生んだ主は円であるといつかしら思っていたからだと思います。

円は解決が付かず
円であるからには中心を持つ
中心が生まれるからには重力が必要で
重力も又、解決がついていないからです。

と、そんな話をするとまた長くなるので\(・_\)ソノハナシハ (/_・)/オイトイテ


そんなわけで、何か誂えたものに裏打ちが欲しい時私は
上(?)に向かって本をリクエストします。

それでやってきたのが先日も紹介したこの本でした。


宇宙はこう考えられている: ビッグバンからヒッグス粒子まで (ちくまプリマー新書)


しばらく手に取れなくて、
昨日開いたら一気に読み終わったたこの本の中で
*本は優秀なドキュメンタリータッチでわかりやすいのでした。
 もちろん頻繁に、自分がものすごく頭が悪いということを認識させられますが(笑)

「マイクロ波宇宙背景放射」というのを知りました。

それは宇宙の全方向からほぼ等方的に観測されるマイクロ波である。だそうで、

宇宙の全方向から均等???
ってことはやっぱりほら、それは「円」状でなければならないじゃないの!
と、読みながら突っ込みを入れ(笑)

そのマイクロ波宇宙背景放射で何が分るかと言うと宇宙の地図であると
でも、本の中では、小さな写真が載っているだけ・・・

ああ、ドキュメンタリーならここでわかりやすい映像が。。

と言うことで今朝探したら

日米独の共同研究プロジェクト「Sloan Digital Sky Survey(SDSS)」が造った
今現在(かなりの精度でこうであろうと思われている)の宇宙の地図を動画で見られた。

ああ、やっぱりほら円じゃないの!☆ヽ(▽⌒)



一つ一つの光は星ではなく「星団(銀河)」です。
その中のほんの小さなひとつの銀河のほどんど滑り落ちそうな端っこにある、
太陽系の中の一つが私たちの地球です。(本当に愛おしいと思います)
宇宙は無秩序ではなく、秩序があります。
私たちが見ている物質である宇宙は全体の4.6%にすぎません。
残り71.4%はダークエネルギーと24%がダークマター


本の中には「超対称性の破れ」だとか「相転移」だとか。

ああ、ほらそれ曼荼羅じゃないの!!と☆ヽ(▽⌒)
うっとりワクワクする話が満載でした。

ところでこの本の中に「出来すぎた偶然?」と言うタイトルのコラムがあって
そこにこう書かれています。

ダークマターとダークエネルギーのバランスは
「ただの偶然と思えない」と物理学者たちは皆そう思っているそうです。

他にも人類が存在するためにしつらえたような、偶然のバランスはこの宇宙に満ちています。
これらを総称して「人間原理」と呼んでいます。
科学と哲学と宗教の間にあるようなちょっと不思議なはなしです。 


で、私はこう思うのです。

宇宙を科学する人たちには3部門あるのだと著者は分り易く説明してくれています。
「理論やさん」「実験やさん」「観測やさん」

「理論やさん」が
「これはこうあらねばこうなってはいないはず。よってここにこういうものがあるはずである」と考え
実験やさんと観測やさんをそれを探そうと動くのです。

今ある宇宙は、偶然というより
ひょっとして理論やさんたちが「誂えた」からこうなのでは?って☆ヽ(▽⌒) 

その上で私は
ユニ・ヴァース(一つの宇宙)⇔マルチ・ヴァース(多次元である宇宙)であることも
夢見ているのでした。(笑)




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『あなたが輝く趣味起業の始め方』

今日は本のご紹介


←クリックでamazonへ
「あなたが輝く趣味起業の始め方」

実は先週土曜日にこの本の著者の戸田さんとの交流会に
お友達に誘われ参加してきました。

今一つ意味が解っていなかった私は
前日に少し勉強して。

なるほど!!
これは私の事だ!と理解しました☆ヽ(▽⌒) 


お食事をして軽く飲みながら
質問させていただいた戸田さんは

とても、真剣にお話を聞いてくださり
わかりやすく、ヒントをくださいました。

そして今日この本を読み終えた私は
これを読んでほしい~!!
と思う方が頭に沢山浮かんでいました^^。

そして。

私がずっと噛みしめてる
中野裕弓さんからいただいた大切な言葉

「本当に好きなことをしていれば必ずお金は付いてくる」

「本当に好きな事」とは

「好きだから苦にならないことで」
「いくらやっていても飽きないことで」
「お金を払ってでもやりたいこと」


これを具体的に丁寧に伝えてくれる本でした。

きっと私を同じく
みなさんもワクワクしますよ~!

どうしてか?って
「すぐに動ける」「すぐに使える」内容が
たくさん書かれているからです♪

スモールショップやハンドメイドショップを考えている方
また、実際に運営されている方は必読です♪


押してくださいますとワタクシますますハッピーです♪ありがとうございます。
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Wixで作った HPですが、モバイルで上手く反映されてなく
申し訳ありません。鋭意取り組み中です。





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行動のメリットデメリット

ようやく読み終えました~。

今朝は本の紹介
←アマゾンへ

色んな例に例え
わかりやすく書かれていますが、
私の周りの出来事に置き換えると
えええ?これはどっち?と
わたしの頭は行ったり来たり^_^;。

「好子出現の強化」
「嫌子消失の強化」
「嫌子出現阻止の強化」

えっとぉ~じゃぁこの場合は?と考えた時に
死人テストに引っかかるとか(爆)

ちなみに、大雑把に言えば
好子とはメリット。
嫌子とはデメリット。

メリットが出現(もたらされる)ならその行動は強化(習慣化)しやすく
デメリットが消失(消える)ならその行動も強化(習慣化)されやすい

それぞれその反対だと行動は弱化しやすい。と言う話なのですが

では「行動」ってなに?ってなわけで^_^;

ちびちび読むと、前章へ戻ってばかりで全く進まない^_^;
なわけで、昨夜一気に(笑)読み終えました。

専門書的であるけど、
専門書ではない。
*だったら絶対に意味が解らなかったと思うし
 ぷぷって笑えない。

総評:面白かった♪

先々週、この先生をテレビの中に見かけた時に書いたブログ
http://mayoone.blog96.fc2.com/blog-entry-905.html

この中で、この手法を
「犬のしつけ」のように感じたと書いたのですが、

この本を読んで
そもそもが、人間は育てられる中で
(悪意はなく誰も気づかず)「犬的」にしつけられてる部分がたしかにある。

それを今まで不思議に思っていなかったことに思い当りました。

つまり動物的に育てられている(動物だから当然かもですが)部分を修正するために
その行動がなぜ起こるか?ということを
「心」ではなく「動物としての行動」と、捉える。

「こころ」として捉えると難しい部分は
大部分が「犬的」に反復の中で根付いているわけです。
本人は全く気が付いていなくてもです。

もちろん私も含まれます^_^;

私が大学で心理学を学んでいたき
スキナー主体の「行動心理学」というのはあまりいい印象がありませんでした。
もっと人間は「心ありき」だろうと考えていたからです。

「そんな、機械みたいにね~」って^_^;

ただ、今この行動心理学と
潜在意識を並べてみると

超!似てます。
と言うか「同じなんだろうな」って思うわけです。


潜在意識の世界でも
植え付けてしまった価値観なりを
手放さなくては
新しい価値観が入らないわけですから。

考え方の修正が必要で
その修正を「行動」に置き換えるときに
何か起きるんですよね^^。

そんなこと思いついた私は
これ追求したら面白いかも。と思いつつ。

自分の仕事ではなさそうなので
しばらく放置します。

必要があるならまたやってくるはずです^^


ただ、怠学不登校や自閉症児について悩んでいる方は
ぜひ読んでみるといいと思います。

自分は何ができていないのか?
ではどうするのか?
がはっきりと書かれているからです。

心の現れが「行動」であるから
「心」を理解し導こう。って
間違ってはいないけれど、

あ!そーか!!
と思いしたことが1つ。

私はよく心や考え方の傾向について
「クセを治そうとするからクセは治らない
クセは新しいクセで上書きした方が早い」と
レクチャーするのですが。

それって非常に
この「行動心理学的だ」と、今気づきました。

すごいな~私って天才!!(爆)⇐私にとっての報酬なので強化される?(爆)☆ヽ(▽⌒)


あ、話ズレました^_^;

まず「こころありき」であるなら
その「こころ」がどう形成されたか?は非常に重要だということです。

自分のなかに根付いた癖も、ほどけてくかも、です。

そんなわけで、
非常におすすめでございます♪

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シンクロニシティ ~未来をつくるリーダーシップ

考えたら、その日私は朝から
酒井満さんのブログが気になっていました。

PC作業をしてても、ずっと脳裏にあって、
夕方ブログを開いたときには
「ああ、やっとたどり着いた。」と、かすかに思ったものでした。

いつだって、すぐに開ける状態なのに
その日はそう思ったのでした。

その日はまた酒井さんが読み終えた本のことが書かれていて
本のタイトルは書かれていなかったのですが、

紹介されていた文章が、
コツン!っと、私をノックしたのです。

それはこういう言葉でした。
「リーダーシップとは成り方ではなく在り方だ」

転記された文脈から検索をかけて
色々な角度から検索をかけて
ようやく一冊の本にたどり着きました。

それがこの本でした。



シンクロニシティ 未来をつくるリーダーシップ


本を読むことは階段を昇ることに似てるなと思います。

同じジャンルの本を読み漁りながら
鍾乳石の速度で重ね塗りのように意味を吸収し
その周辺の階段を昇ります。

でも、ある日押し上げられるような急流に出会い
私は広い踊り場(ステージ)へ出るのです。

そこは今まで私が踏んだことのない
新しい世界です。

この本もそういう一冊でした。


前でもなく、先でもなく
今のタイミングで自分が手に取れたことを
神様に感謝したいと思いましたし、
自らの直感にほれぼれしました(笑)


自分の考えていた世界がぐるっと変わる本に
これまでも、何度も出会ってきました。
この本はそれらと同じ感覚を私に与えました。

スパークするような感覚を悦んでいる自分が
はたから見るように分るのです。(笑)


それでいて、この本に登場してくる人物や本は
私が今までに読んだか知っている人たちでした。

浅くしか知らない人、本
隣のおじさんのように知っている人、本

全てひっくるめて
それまでの私のステージに登場してきていたのです。

なのにこの本はそれらの結びつけられ方が
全ての角度を変えていました。

読み進めながら
急流に運ばれるスリルに似た、
何とも言えない
恐いような冷たいような
身がすくむような
それでいて、ひどく懐かしい
全身が悦びの水に浸かってるかのような

独特の感覚を運んでくるのでした。

不思議な事に、それは
文章ではなく、文脈ではなく
開いた本のページそのものから私に流れてきていました。


今の自分とこの本の持つギャップ、開き、を思うと
少し前の自分だったら打ちのめされただろうと思うので(笑)

この本は、私の準備ができるまで私には近寄らなかった。
と言うことも、感覚でわかりました。

本当に何事も全て、無駄は無いもの
この世界は必要じゃないことは起きないものです。


さて、本は長々と著者の生い立ちと
それを形成したウォーターゲート事件、
著者の経歴で始まります。

正直、名前しか知らないウォーターゲート事件が
ここまで引っ張らられることや、
著者がどれだけの仕事をしていたかが長大な文章になっていることに

「あれれ?」と思った私。

でもそれが逆に、これはどこに落ち着く話なのだ?と
それが知りたく思って読み進めたというのが本当のところです。

日本語訳が発売されたのが2007年
えっとぉぉぉぉ、じゃ、これが書かれたのはいつなんだ?

それが最後の方でようやく解ってきました。
およそ20年前。。。。。

これを読んでいて思い出していた
投影された宇宙―ホログラフィック・ユニヴァースへの招待
という本がありましたが、

それも大体同じころに書かれたと思われ
それらの出どころとしての「デビット・ボーム」に
思いをはせることになります。


この本は著者の人生に起きた
「量子力学的」な「ニューサイエンスティック」な
出来事から、紡がれています。

そこから何が生まれたか?
なぜ生まれたのか?
それはなぜ繋がっていたのか?
イキイキとした、そのダイナミックなステージを
著者は話したかったのです。

後半に向かって
話しはまだ広がるのか?と思わせますが

それすらすべて「秩序」の中にあったことを
語り終える結果となりました。


そっか~
「世界のリーダーが必要だ」と思える人はこう人なんだ。


*********************


言葉の重要性と、人間がどのように世界と相互作用しているかがわかるにつれ、
私は言葉の誕生というのは様々な意味で火の発見に似てると感じるようになった。
言葉と言うのは火と同様、信じがたいほど根源的な力なのだと思ったのである。
私はそれまでずっと、
私たちは世界を「描写する」ために言葉を使うと思っていたが、
どうやらそうではなかったらしかった。
実際は逆で、言葉を使うことによって私たちは世界を「創る」。
言葉は私たちが表現するまではこの世に存在しないも同然だからである。
言葉を述べると私たちは区別を生み出し、それが行動を決定する。
別の言い方をすれば、私たちは目にする世界を言葉にするのではなく、
言葉にする世界を目にするのである

*********************

「一心に取り組む姿勢」における変化
かつての行動パターンをふり返るとき、ものごとに一心に取り組む私の姿勢には、
見間違えようのない特徴があった。
それは、運命の胸ぐらをつかみ、成功するためとあらば必要なことはどんなことでもする、
という類の打ち込み方だった。
私が別の深遠な打ち込み方を理解するようになったのは、もっとあとになってからだった。
それは、意思ではなく意欲から始まる打ち込み方である。
そんな風に打ち込みだすと、私たちは内なる声に耳を傾け、
その声は旅が進むにつれ私たちを導いてくれるようになる。
そうした打ち込み方の根底にあるのは、運命から離れて遊ぶことを信頼する気持ちだ。
パレーラが述べたようにわたしたちはまさしく「世界に身を任せた」状態になり、
運命に立ち向かうためにその瞬間に必要なものは何でも手に入ることがわかるようになる。
そしてまさにこの時点で
私たちは未来との関係を変えることになる。


*********************

あるのは、やり方ではなく、あり方だ。 老子

*********************


私が本の端を折ったところは、もっとありますが
この本の中で紹介された書物の中の言葉たちは

ボームも、老子も、カスタネダも、
すでに読んで知っている存在でした。

著者の人生の物語はパウロ・コエーリョの「アルケミスト」みたいだと思うと、
あとがきでそれも書かれていました。

*つまりはちっとも腹に落ちてなかったということだし(笑)

その逆に、
ウォーターゲート事件がアメリカでどのように重要事件だったかもほぼ知らず

世界に名だたる大企業のシナリオ・プランニングに至っては、
壁だと思っていた石膏が突然無くなったかと思うと、
当たり前のようにそこに在った世界が見えて

壁だと思っていたのは自分の目隠しであったことに気づいて、
その場から5メートルもぶっ飛ぶような体験でした。

私が、その日酒井さんのブログが気にかかっていた
あのかすかな感覚のことを、著者も書いていましたが
そのおかげで手に取れた本です。


全てが集約して
ある世界が生まれる瞬間。

すべての流れが私をここへ運んだことに気が付かせてくれます。


そして間違いなく、
今の仕事に関わっていなければ
私は終生この本を手に取らなかったということだと思いました。


長々と書きましたが
読んでくださった方にお礼申し上げます。

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NO TRAVEL,NO LIFE

昨日 BOOKOFFで100円で買った本。

←クリックでamazon


考えて見れば私はこうしたアジアや世界の旅モノが好きで、
昔から、良く読んだよな~ということを思い出しました。

椎名誠や 星野道夫さん

中でも『アジアパー伝』や『アジアに堕ちる』は

 


*前の赤い表紙のほうが好きだけど・・

いつまでも後を引く、
どうしようもなく湿度を含んだ感情を私に手渡し
こないだ紹介した『山谷ブルース』と似てるような気もします。
*『山谷ブルース』http://mayoone.blog96.fc2.com/blog-entry-755.html


でも『NO TRAVEL,NO LIFE』は
アジアだけが舞台ではない点や
写真に登場する人々のまなざしが違って

何でしょう。
追い求めてた光を受け取っているように思えます。

面白いですね。
そういう違い。

文章を読み写真を折っていくと最初は
星野道夫さんを彷彿としました。


この著者は、10年勤めた会社を辞めて旅に出るのですが
その懊悩が生々しいのです。

アウトローの崖っぷちでその向こうに恋い焦がれながら
踏みとどまっている。(本人は飛んだつもりだけれど指1本おいてる感じ)

でも、心が踏みとどまっちゃっているところが、
この場合は良い方向へ転換するんですよね。

「アジアパー伝」の鴨志田氏の
どうしようもなくひりひりする感じ

「アジアに堕ちる」のAKIRA氏の
どこまでもディープな暗闇


そういうのじゃなくて、

生きて生活していく人々への
愛情のあるまなざしが見えてくる。

乾いた風
湿った空気
土の匂いが立つ

そんな写真にちりばめられている著者の言葉が
とても素敵だと思えました。




NO TRAVEL,NO LIFE
旅をしければ人生とは言えない。

私はそんな風に頭の中で訳しちゃいましたけど

この土地に知る人など、あのうそつきガイドかぼったくりドライバーしかいないのに
なぜか、旅立ちが寂しい。


この気持ちを共有できる、
そんな気持ちになる本でした。


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宇宙の音色(sora no otoiro)

岡山に住む、友人夫婦「喜楽童」Toshiさん(ディジュリドゥプレイヤー)&七海さん(クリスタルボウル・シンセサイザー)&藤原さんユニットのCDが出ました。

これがもう素晴らしいです~♪

kiraku1.jpg


ギターがほんとにもう素晴らしい♡♡♡
ギターが入るとこんなふうなんですね。

2曲目の始まりはウィンドウキャッチャー?
そして、ディジュもいいわ~~~~~~~!
この曲迫力ありすぎです!

残念ながら、下で紹介しているyoutubeにはその2曲目が無いんだけれど
良かったらCDで聴いてください^^
CD購入ページ https://phuzywarahonpo.stores.jp/#!/items/5059dbf656ea70c228000062

あまり言うと。
身内を誉めてるみたいで恥ずかしくなってきたんだけど(爆)

もとはと言えばもう10年以上も前
ディジュリドゥと言う楽器を初めて聞かせてくれたのがToshiさんでした。

今ではもう我が家に滞在してても(夏は北海道ツアーをやってるから)
空気みたいなこの友人夫婦。

泣きたくなってくるようなおやじギャグとは裏腹に
素晴らしいCDでございます^^

今日届いて今はヘッドフォンで聴いてますが
脳髄がうずうずと音に連れて行かれ
魂が歓びまくってます♪

皆さんも良かったら
このCDで瞑想して全身ほぐしてくださいね^^

か~な~り~!気持が良いはずです。

お勧めです☆♫°*”



鞍馬山で演奏を聴くことができますよ♪

◎10月8日(月・祝)京都鞍馬寺にて奉納演奏
12時半より
ひふみユニットほか
(喜楽童Toshi&七海with寿舞阿利)
演奏後座談会あります。
鞍馬寺管長信楽香仁を囲む座談会「自然の音・宇宙の音」
インタビュー澤村洋二氏
(要予約・定員50名様)
座談会お申込み/お名前・ご住所・お電話番号・参加人数明記の上、Toshi小島(info@toshikojima.com)まで


*聴くだけなら多分勝手に行っても大丈夫だと思います。


その後九州へ演奏しに行くようです。
スケジュールはこちらからどうぞ。

http://www2.odn.ne.jp/~aab66220/ftp.odn.ne.jp/


「宇宙の音色」喜楽童Toshi&七海with藤原重利、太陽...TANTORA、試聴用


喜楽童Toshi&七海with藤原重利、CD「宇宙の音色」より「地球...RINNE」試聴用


「月:DIANA」喜楽童Toshi&七海with藤原重利、CD「宇宙の音色」より試聴用



CD「宇宙の音色 sora no otoiro」喜楽童Toshi&七海with藤原重利
2012.10.15発売
Toshi小島(喜楽童):ディジュリドゥ、笛類、パーカッション
小島七海(喜楽童):キーボード、パーカッション、ボイス
藤原重利:アコーステックギター、パーカッション

June2012伊豆下田および伊豆高原で録音。

エンジニア:石原忍(shiosai ZiZO Label)
ジャケットデザイン、イラスト、写真:藤原良枝(ふじわら本舗)

1. INOCHI(土星)・・・社会福祉法人せんねん村
2. MATSURI(火星)
3. CONTACT(金星)
4. BRETH(木星)
5. MEGUMI(水星)・・・有限会社ビビアン
6. RINNE(地球)
7. DIANA(月)
8. TANTORA(太陽)
9. SORA no OTOIRO(宇宙)

http://www.kirakudo.com/
http://www.interloid.com/

ふじわら本舗webshop
https://phuzywarahonpo.stores.jp/

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『イリュージョン』リチャード・バック

10年以上前の自分のレビューを掘り起こして4日目・・・
そろそろネタも尽きるかも^_^;

今日はリチャード・バックで。
何度読んだかわかりません~(*^-^)
これは12年前に書いたんですね~。
感慨深いですわ~。


iryu.jpg

イリュージョン (集英社文庫 ハ 3-1)


************************


それは、イリノイ州の田舎の空
ジプシー飛行士のリチャードは
同業者らしき機体を見つける。
それが、元自動車修理工兼救世主のドナルド・シモダであった。

「救世主なんて誰にでもなれるんだ。」「パートタイムなら救世主も
悪くない。」などと言いながらドナルドはリチャードに
全てはイリュージョンなんだよ。と言い続ける。

「垂直安定版と補助翼を区別出来る話し相手はとても貴重なのだ。」
と、次々と目の前に奇跡を見せるドナルドに苛立ちながらも
リチャードはドナルドと一緒に田舎の空を移動していた。
何よりもう友達なんだから・・・と、
一度も給油をしないで飛び回るトラベル・エア2000を横目で
確認しては、座らない腹をなだめる様に彼は呟く。

「教科書があるんだよ。」とこともなげにドナルドは「救世主入門」を見せる。
それにはページナンバーが入っていなかった。
「何処を開いても任意にページをめくればそこに自分の一番知りたい事が書いて有るんだ」

いつのまにかリチャードは救世主になることに熱意を持ち始める
そして、いつか・・稼いだお金で一日の価値をはかるのをやめていた。
緑の草原を泳ぎ、湖の上を歩き
小さな町を飛び廻った夏が終わる頃
ドナルドとリチャードに別れがやってくる。
     ◇
     ◆
     ◇
いつも君は白い紙を持っている。
それはほとんどの場合、計算の為の用紙として使用される。
しかし、もし君が望むなら
そこに現実を書き込む事が可能だ。
意味のないこと。嘘。
なんでも書き込む事ができる
そして、もちろん
破り捨てるのも自由だ。
     ◆
     ◇
     ◆
愛機フリートのオイルの匂いをかぎながら・・・
リチャードは夢の中でドナルドに話しかける。
「又一緒に飛びたいんだけどな・・」
ドナルドは笑いながら聞く
「救世主の気分はどうだい?」


2000年9月
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『山野ブルース』 エドワード・ファウラー

調子に乗って、今日もまた10年ほど前のレビューを(笑)

ゼミと言うのはこの当時大学生だったからなのですが。
どこのゼミなんだろう^_^;?
アタシ確かゼミは生命倫理だったんだけど^_^;
なぜ寄せ場・・・^_^;


sannya.jpg


山谷ブルース (新潮OH!文庫)



ともかく、著者の心情が
とてつもなく印象に残っている本です。

*********************


「山野ブルース」  エドワード・ファウラー


ゼミの課題で「寄せ場」について調べていました。
それで何とも心に残り消えないのが、この本です。

著者はアメリカの社会学の教授です。
日本の下層生活者の生活調査を13年まえに行いました。
その時の本が「山野ブルース」です。

みなさんは、「寄せ場」ってご存じでしょうか?
日雇い労働者が仲介者から建設関係の仕事を仲介して貰う場所
そして労働者が宿泊する「どや」が密集するところ。
東京では山野、大阪では釜ヶ崎が代表的です。


基本的には個人の生活史を聞き取る社会調査法の本なので
その対象により聞き取りも色々と工夫されます。
社会から切り離され、家族から遠のいた労働者たちは
それぞれに理由を抱えています。
ほとんどは日銭で仕事をして、酒を飲んで、
「どや」にさえ泊まれないときは、野宿をしています。

小うるさい外の世界の理屈で、身の上を話してくれる事は少なく。
ましてや、外国人の彼には、厳しい攻撃も多々ありました。
その中で幾人かと親しくなり、
労働者及び路上生活者と会話を重ねていきます。
「メモは取らない」と言う方法を彼は選びました。
なるべく自分の介入を組み込まない
労働者の「素」を知りたかったからです。
数字を連ねた調査本ではありません。
どちらかと言えば「ドキュメンタリー」と
言えるでしょう。


著者は、一緒に彼らと生活をすることを夢に見ます。
つまり、日雇いとしてその社会に暮らしてみることを
望んだのです。

調査が一段落した彼は、一時帰国しましたが、
労働者達が年を取り、仕事もなく、野宿者となり
山野の様子も一年と言えず変わって行くことを
肌身に感じていました。
日雇いの場所ではなく、ホームレスの場所へと
「寄せ場」は変容し出していました。
今を逃しては、山野が山野であったということすら
過去の事になってしまう。気持ちは焦りました。

翌年、教授職の関係でカリフォルニアに移るというときに
煩わしい引っ越し算段と家族を残し
かれはむりやり来日し、山野へむかいます。
そしてベッドハウスで生活し、労働者とともに
必死で仕事を探します。
順調に見えた雇用も、雇用主の関係でダメになり
きつくてランクの下がる仕事にも手を出します。
手配師をさがして、かけずります。
今日仕事にあぶれるわけには行かない・・・
なんとしても仕事を探さなければ・・・

炎天下でのきつい作業が終わり
一杯のビールと焼酎が彼を優しく包みます。
労働の疲れと開放感から、仲間にいとおしさを感じます。
風呂に入り、9時には寝付きます。
明日も又、使って貰えるだろうか?と考えながら。


国際通話が掛かる公衆電話から
妻に電話をします。
妻は怒っています。
引っ越すために必要な家の売買いが上手く行かないのです。
あからさまに怒るわけでもないけれど
冷ややかに責める言葉に彼は狼狽えます。
そう、まだ暗い雲に隠れて確認が出来ないモヤモヤ
それは「帰りたくない」と言う気持ち。


遠く冷ややかな声と、明るく楽しくさえ聞こえる仲間達の声。
著者は、暑く茹だった東京の電話ボックスのなかで、
遠い妻の小言を「電話を切るまでの辛抱」と思ったことを
告白します。
電話さえ切れば、その雑事から気分を切り離すことが出来ると
その誘惑に「耐えよう」としている自分を知ります。


この本の中の最後、このくだりには
山野を覆っている何かの力を感じました。
人々を社会から全く完璧に匿うような、
柔らかく温かいそしてひりひりしたもの

日雇い、労働、やくざのピンハネ、組合活動、
野宿、残飯拾い、酒の匂い、冬を越えられず死んで行く人々
それらを包み込み自分を埋没させてくれる
明日のことだけ考えたらいい生活。

ある時ふと、それを選んで故郷に帰らなかった。
そしてずっと帰れなかった。

そんな人達を、書いています。
資料として使った他の本には
この著者に対して、
労働者と調査側に立ちはだかるものがなにか分かるのか。
という、一文がありました。

外国人だから分からないといいたそうでしたが、
私に「ふと、埋没したかった」心を見せてくれたのは
この本の著者でした。


2002/5/17



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『ネオフィリア』 ライアル・ワトソン

昨日に引き続き、ライアル・ワトソンで

『ネオフィリア』のレビューをアップしておきます♪

『未知の贈りもの』もそうですが、中古でしか買えないため
すごく安い!です(笑)。

興味があったらぜひ読んでみてください~!

 neo.jpg


下記のレビューは2002年に私が書いたものです。

すごく長くてごめんなさい(T^T)

***********************


「ネオフィリア」~Neophilia    ライアル・ワトソン


猫科のライオンとトラは、骨格からは判別が付かないほど近い存在ですが。
その性格には明かな差があるようです。
ライオンは生まれつきの怠け者らしく
食べるものさえ沢山有れば、いくらでもうたた寝が出来るのですが、
トラはそうはいかないようですね。
「彼らには求めるものがはるかに多い」と著者は言います。

ほとんどの動物はライオンタイプ。
有る一つの物事に付いてのスペシャリストであると言います。

しかし、種としての私たちはトラの傾向があるようです。

飽くことなく探求を続け、あくせく動いて、
何事も試してみる気がある以外は、
取り立てて得意とする事はないようです。
ヒトは動物としては遅くて、飛べなくて、潜れません。
でも生き残る為ではなく、子孫繁栄…と考えるときには
何でもやる柔軟性を兼ね備えています。

そして、チャレンジを好み、進んで新しいもの、違うものを求め
無理をしたり、チャレンジをするのがすきなようです。

刺激を求め、あえて我が身を危険に晒したりする
そんな我々を……「ネオフィリック」(新しもの好き)
と著者は評しました。
そして「それこそがヒトの成功の秘訣であったのだ」
と著者はそのヒト族の不思議を探っていきます。


ヒトの知覚、視覚、聴覚、嗅覚、の一様の不思議さを追いながら、
「我々ネオフィルには意外な才能が有るのは明らかである。」
と著者は言います。


例えば私たちは本当はどこまで聞こえているのでしょうか?
この貝殻のような形をした耳の高性能さは不思議だらけです。

音の出す波動の中で「可聴域」の周波数を持つ音だけを
私たちの耳は取り込みますが
それ以外の音が「聞こえていない」わけではないのです。
耳は聞いているし、身体も聞いています。

その証拠に、ある周波数では、身体ははっきりと反応して
具合が悪くなります。
つまり私たちにとって、「聞こえる」というのは
脳が認めたときに起こる現象なのでしょうね。
視覚や聴覚も同じです。


わたしの体験をお話してみましょう。


私が、勤めていたお店で、揚げ物の鍋に火が入ってしまい。
火災報知器が鳴って、厨房のドアを開けたところ
黒煙の中に1m以上の火柱が立っているという
ぼや騒ぎを起こしたことが有りました。

パニックを起こし、そこらにあった水を掛けようとした
女の子を金切り声で止めて、ドアから引き剥がし
鍋の脇にあったサニーレタスをつかみ、鍋の中に入れました。
それが功を奏して火柱は収まりました。

その時隣りのお店から消化器が来て黒煙を上げている鍋周辺に蒔かれました。
オマケに消防車が到着し、消防士が上がってきたのです。
近隣にひたすら頭を下げ、溶け掛かったワンピースを惜しんでいました。
怪我はないですか?と聞かれましたが、私はどこも痛くなかったのです。
だから15分も20分も気が付かなかったのでしょう、


誰かが私の手のひらから手首までの火傷を見付けました。
私は驚き、慌てて水道に走って冷やそうと思いました
水道の水と一緒に手首から手の平までの皮膚が流れてしまったときに
初めて痛みは心臓を飛び出しました。


外傷が「痛い」なら、私はとっくに痛かったはずですよね?
それに気が付くまで、一切痛くも痒くも無かったんです。

脳は忙しく活動し、
外傷に向かう余地が無かったのではないでしょうか。

そう、私たちが見たり、聞いたり、感じたりすることは
すべて脳を通して感じることなのです。



著者はここから先へと進みます。
心理学者が研究しているフロー現象とは、
人間が何かに熱中しているときに、
身体が脳の機能と知られているそれ以上の働きをする事を言います。


私たちは、自分たちが持っていると思っている以上の機能を兼ね備えている
私たちの脳はその構成分子に縛られたままかもしれないけれど
意識はフローに乗り、インスピレーションの源泉といわれるものの彼方へと流れていく、
そこがどこだろうとも。

私たちには秘められた力が確実にあります。
著者はそれを本の中で言及していきます。


そして多くの哲学者が追い求めていた
「リアリティの本質」をこう表現しました。

私たちは何かを観察するにはそれらの対象物に対して
客観的で有りようがない、と、著者は言うのです。

つまり、私たちが見ているものは、対象物にぶつかった光子の有様なわけで、
それを受け取る私たちが脳にうけた刺激によってそれを見ると言うことになります。
これが原子となると、観察すること自体が関与する事になってしまいます。
どんな実験でも、実験を見守る人間がいなければ、結果は出ないですよね。
なのに、実験者がいれば結果に対して必ず関わってしまうんです。


我々がここに存在するという事実だけで、世界は我々が存在しない場合とは
全く違ったものになる、と考えるべきだ。
我々は人間を神格化して崇めようというのではない。
どの学者も量子力学における計測の過程が、
物質の基礎レベルでは意識を持つ観察者の参加を「必要」としていることは認めている。
彼らは、我々の知る限りの事象は、
我々の存在の避けがたい結果であると考えているのである。

宇宙を意識するものがいなくて、宇宙に何の取り柄があろう?



「リアリティ」とは、私たち自身に「見合うもの」なのだと思わせられました。
とても、面白く生物としての自分、意識の自分、
この世界にとっての自分を考えさせられる本です。
機会があったら読んでみてくださいね。

2002/11/3

以前に運営していたHP「PARAISO~本の漂流記」から
転載しました。

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未知の贈り物 ライアル・ワトソン

日記が書けないので
昔々のレビューを載せようかと・・^_^;

私のバリ島好きの一役を担った本です(笑)。

先日、2夜連続で放送された
「アジア海道“不思議の島々”をゆく~鶴田真由 2000キロの旅~」を見ていて
http://cgi2.nhk.or.jp/navi/detail/index.cgi?id=12n11420120824


ライアル・ワトソンの数々の作品を思い出していました。

これは私の一番好きな本


 miti.jpg



今から11年前に自分が運営していたHPで書いたレビューです。


**********************



「未知の贈り物」  ライアル・ワトソン

物語の舞台はインドネシアの小島
遭難しかけた嵐が止んで、小舟は漂流する
主人公と乗組員は、ようやく見つけた小島に
夜の上陸を諦め
船底に横たわりまだ怪しげな漆黒の夜空を
ぼんやりと仰ぎ見ていた。

目の端の海に、光るものが見える。
主人公は、疲れ果て
何故、海に南十字星が映るのか?と
いぶかしく顔を上げる。

空に星や月は見えない・・・・
では、これは何なのか??

この本は
人類・医学・植物・心理・物理・動物・海洋生物
これら全てに学位を持ち
動物行動学で博士号を持つ著者が
物語と科学的考察を見事に融合させた
不思議な作品である。

その小島で出会った少女ティアは
全ての音には「色」が有ると言う。
そしてそれを驚く主人公に
「色がなくてどうやって人の話しや音楽を聞くことが出来るの?」
と哀れみに満ちた瞳を向けるのだった。
しかもそれはその村では、常識でもあったのだ。

その不思議な島で、暮らすうちに
主人公は、マクロであり、又、ミクロでもある量子力学や
あらゆる分子が波動という動きを続けると言うこと等が
いにしえの政(まつりごと)の中に
脈を打っている事に、愕然とする。

神の乗り移った様な踊り子でもある
ティアが村の中で不思議な力を成長させたときに
村に、事件が起きる。

あらゆるエッセンスを含ませて、
物語は佳境に向かい
人間と自然がどのように「一体」であるのか
人間とはどういった生物なのか
と、著者は読み手に告げる。

人間と言う生物がどのようなものなのか。
何故人間で有り得るのか。
私達は文明と言う言葉に上手くカモフラージュされて
大切な何かを忘れた(或いは忘れさせられた)
生物であると教えてくれる作品である。

2001年2月

「PARAISO~ほんの漂流記」より転載



************************


う~ん、固い(笑)

でも今も11年前も同じことに感動してるのが

いいなぁ~と(笑)


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『アニミズムという希望』

ひょんなことから、久しぶりにこの本のタイトルを見ました。

←クリックでamazon詳細


インターネットって、すごいですよね。やっぱり。
本人が忘れていた10年前のレビューまで、
こうして記録してるなんて初めて知りました。

paraiso.jpg

赤枠で囲んだのが当時私が運営していたHP「PARAISO」での
本の紹介コーナー「本の漂流記」のことを指してるんです。

もちろん、HPはもう存在しません。
この時書いたレビューがどんなものだったかも
自分でもわかりません^_^;


ただ、
本の内容は今でも、断片ですが、
濃く深く心に残っていることが
これを見つけて確認できたのでした。

この本は、私にとって
とても重要な位置にあるんですね。

なのになんで手元にないのかしら?
と、思って古い本棚を眺めて、思い出しました。

大学の図書館の机の色、床の色
この本の汚れて古ぼけた表紙の手触り。

そうだ!図書館にあったんだ^_^;


この本は

作者の山尾三省さんが、
1999年に沖縄の琉球大学で3日間の講義を行った
その講義録です。

詳しく紹介してくださっているサイトがあるので
そちらを紹介します。
*このサイトも本当に古くから運営されていて
 私にたくさんの感銘を与えてくれた存在です。

http://www.aritearu.com/Influence/Native/NativeBookPhoto/hope.htm


アイヌ民族やイヌイット、
北方のすでに失われた、そして失われていく
民族について、むさぼるように本を
読んでいた時期がありました。

その上でこの山尾さんの書かれる詩や
「アニミズム」と言う世界の解釈に惹かれ
地球にうまれていることの意味を考えたものです。

その時、刻んだ思いは
今も私の中で紛れもなく生きてるってこと。
ちょっと自分に感動しました(笑)


「アニミズム」と言うこの世の解釈を
全てのみ込んだわけでもなく、
体現するでもなく、
何を言えるものでもないですけど。

「ネットワークビジネス」と言う私の仕事。
ココにも(ワタシ的には)これは繋がっているもので、
同じ思いの根源から派生している2極と感じます。


そんなこと考えてる人間がいても良いですよね。
きっと☆ヽ(▽⌒) 


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カウアイ島が教えてくれた虹色の夢

お仕事でいろんな方に出会います。


夢はありますか?と聞くと、

すぐに答えてくださる方もいれば

いくら唸って真剣に考えても出てこない人もいます。



お子様を持つお母さんだった場合、

夢をお聞きすると

子どものことであったり、家庭のことであったり。

「自分」はそこにいないことが多いです。



もう一度聞いてみます。

「あなた自身の夢は?」って。

そうすると、みんな「ふっ」と、不思議な表情になります。

「あったけど・・・」って。



質問を変えて見ます。

「子供の時や若い時の夢ってありますか?」

すると、皆、今度は

思い出し笑いをするような顔になります。



私は仕事を通してみなさんに

自分の夢を叶えてほしいといつも願っています。

それはどうしてか?と言えば、

それが世界中の人が幸せになるキーポイントであるからなんです。


そう言うことについて書いてある本も沢山ありますし、

いつも会えるならいつもそんな話をすることが出来るけれど

なにかもっと、その方たちが手に取りやすいものが無いかしら?


実はここ一年そんなことを考えていて、探していました。

でもなかなかうまく見つかりません。

それで、3月頃、

潜在意識にお願いすることにしました。

「頂戴」・・・と(笑)



そんなお願いを建てて

3週間くらい前ですが。

瞑想をしていた私は窓べに立つ白い妖精を見ました。


1m位のその妖精は、カラフルな泡のようなオーブをたくさんまとっていて、

私はその瞬間になぜか、「ああ、naokaさんだ。」と思いました。

naokaさんってやっぱり妖精だったんだ、綺麗~!と思うと同時に、

そのカラフルなオーブはふわっと妖精を離れて私を包み込みました。

夢のような一瞬でした。



naokaさん、とは、カウアイ島にお住まいでヒーリングをお仕事にされている方なのですが、

私は数名のお友達を介してnaokaさんと知り合い。

7年くらい前にnaokaさんがファシリテートした札幌でのセッションのお手伝いをさせていただきました。

当時、私はお友達のセッションやスピリチュアルイベント、
コンサートなどを友人たちと主宰させていただいので、そのご縁をいただいたのですが、


とにかく、その当時から(素敵な意味)で人間離れしてらっしゃったのです^^。


ここ数年は、
webでもあまりやり取りをしていなかったのですが

時たまMIXIに現れるnaokaさんは
そのたびに、
目を見張るほど「神聖な愛」を発光していました。


そんな経緯もあって、

妖精を瞬時にnaokaさんだと思ったことに何か意味があるのだろうと思いましたが、

そのことをわざわざメッセージするのもなんだかいきなりだし・・・と、

思って悩んでいた矢先に。



naokaさんがmxiのつぶやきでご自分の書いた「e-book」をプレゼントします。と、書かれていました。


早速、メールをしてお願いしました。

そして、先日妖精の姿のnaokaさんに会ったことを伝える機会を
まんまといただいたのでした(*^-^)



e-bookが届き読んでみたら

私が伝えたかったのはこういう事!という、そのままの素敵な内容でした。

「潜在意識への私の願いが叶ったんだ!」と、すぐにわかったのです^^。

早速お友達たちに送らせてもらいました。

naoka.jpg


私があの時妖精姿のnaokaさんを見なければ
このe-bookも手に入らなかったかもしれません。


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降りていく生き方

私が初めて「降りていく生き方」と言う言葉を聞いたのは

浦河の「べてる」という団体を知ったときでした。

社会全体が「上へ昇ることが人生の意味のすべて」みたいに考えていた
バブリーさも終焉の頃でした。


「べてる」は、精神障害から社会を追い出されそうになっていた人たちで構成され

お互いに持っていないものを、お互いの持っているもので補い。
助け合い、共生されていました。(もちろんケンカも正面切っておこなわれます^^)

「日高昆布」の販売で収入を得て、みんなが自分でじぶんの生活を賄えたら、
浦河と言う地域を活かして、地域の人たちに認めてもらいながら、地域を活性化させられたら

と、尽力された方がいて
その方が世話人として人々をまとめ、「べてる」と言う形ができたのです。

「上へ上へと言うから、障害を持った人には厳しく堪える。、降りていく人生があってもいいのではないか?」と、
社会に向かって呟いたのです。

それが、当時浦河の日赤病院にお勤めだったソーシャルワーカーの「向谷地生良さん」でした。
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%90%91%E8%B0%B7%E5%9C%B0%E7%94%9F%E8%89%AF&oldid=36505826


いまではその「べてるの家」には世界中から研究者が研究の為にあつまってきます。


そんな風に注目が集まりだした頃でしたが、
わたしはこの「べてる」の総会(名物なんです^^)を訪れました。

10年近く前だと思います^^。
この本を読んで感動し、お友達と4人で浦河まで行ったのです。



本の中のみなさんが生で大集合されていて
もう抱腹絶倒の総会でした。

その後の打ち上げにも参加させていただき
何名かにあいさつ代わりに求婚もされました。(笑)

そして、「降りていく人生」と言う言葉に
心のどこかでアンカーを入れることができたのです。


この記事がたどり着きたいところまで今日中にはたどり着かないことが
何となくわかってきたので(爆)

このお話は、明日まで続くことにしました。


で、紹介させてください。

べてるの家の「理念」です^^


beteru.jpg

HP http://urakawa-bethel.or.jp/

べてるの家の理念

・三度の飯よりミーティング

・安心してサボれる職場づくり

・自分でつけよう自分の病気

・手を動かすより口を動かせ

・偏見差別大歓迎

・幻聴から幻聴さんへ

・場の力を信じる

・弱さを絆に

・べてるに染まれば商売繁盛

・弱さの情報公開

・公私混同大歓迎

・べてるに来れば病気が出る

・利益のないところを大切に

・勝手に治すな自分の病気

・そのまんまがいいみたい

・昇る人生から降りる人生へ

・苦労を取り戻す

・それで順調



どうでしょうか?
なんとなくホッとしませんか(笑)?

私は今いろんな夢を持って前へ前へと進んでいますが
それはあくまでも自分の「生きる・活きる」に興味があるからであって

基本的には「降りていく人生」にアンカーがありますから
社会的競争からは、すっかり降りています(爆)



映画「降りていく生き方」から知った寺田さんがお亡くなりになられました。
「発酵すれば腐らない」という寺田さんの言葉が思い出されました。

「発酵道」


この本まで話を続けたかったのですが(笑)

それはまたに。(^_^;)

寺田さんのご冥福をお祈り申し上げます。




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生涯最高金額の本。

送料入れて7000円でした。
これは私の生涯最高額の本です^_^;


お金持ちになる科学


実はこれ。

以前にブログにも書いた⇒http://mayoone.blog96.fc2.com/blog-entry-497.html

富を手にする「ただひとつ」の法則

と同じ本。
原題「The Science of Getting Rich」です。

同じ本でも訳者が違うのです。
7000円したのは、絶版になってるから。

レビューを見てどうしても欲しくなって
飛び降りてみました。

結果。大正解!
全然違う!!!!

こっちの本からは暖かな光が私に向かって差してきています。
なんだろう?なんだろう?というくらいに
並んだ文字から流れてくるんですね。


すごぉい!!ヾ(〃^∇^)ノ


図書館にもあるかもしれませんが

私は何度も読むし、線も引いちゃうし、
角を折っちゃうし、書きこんじゃうし、

^_^;

だからどうしても手元に欲しかったんです。


そして、その奥深さを理解できる
この、今のタイミングまで

こんなに年月かかったんだ~。
と、ちょっとショックでした。(笑)


昨日は遅くまで読んでいたけど
今日は朝から仕事、
午後からちびっこ襲来、


さて、じっくりと向き合って^^。

素敵な夜にします。


今夜は月もスーパーサイズ?

私も負けないほどに^^輝いちゃおう♪。




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『バリ島賢者の教え』

ここ最近、私は毎日こう思います。

「ああ、今日死んでも幸せ。」
縁起でもない言葉に思えるかもしれませんが、
湧きあがるように私を包み込むこの幸福感は
十分に自分を生きられて、毎日が幸せであることを
たくさんたくさん実感させてもらっているからなんです^^。

今の私は何が起きても結局は幸せだということを知っています^^。


昨日は一日中出かけていて
帰ってからも食事の支度や後片付け

出がけに頼んでいた本が届いていたのですが
読みたいけど無理!と、積まれた本を横目に
夕食後、ソファーで寝こけてしまいました。(^_^;)

目が覚めて11時を過ぎていましたが
ちょっとだけ・・と、本に手を伸ばし
それから午前2時まで・・・
面白くて、結局読み終えちゃいました。





バリの賢者からの教え~思い込みから抜け出す8つの方法~L’homme qui voulait etre heureux

実は本当に読みたくて頼んだ本は別のもので
この本は買うか買わないか本当にしばらく迷った挙句に
レビューを読んで購入してみることにしたのでした。

「マスターもの」も、こうした「教え」も
読むにいいだけ読んでいるから、
もういいだろう。と、思っていたのが本当のところです。

なのに・・一番初めに手に取り、
こうして朝一番で(もうすぐ出かけるというのに)
書かずにいられない気持ちにさせてくれたのでした。

結局好きなんですね。(爆)

や、でも本当に良い本でしたし、

今朝お仕事メンバーのお友達からもらったメールについての答えは
この本に「すべて」書かれていました^^。

私はこういうでしょう。
この本読んでみて。って^^

こういうダイナミックな流れが
毎日私に訪れてくれているのだから、

なんて私は幸福なんだろうか。。そう思わずにいられないのです。


昨日の自分を反省した記事にも
きっとこれは「必要で起きた」と書いたのですが、

それを思うに至った理不尽な出来事についても、
あれがあったから、余計。。。

「私の人生はやっぱり非常に豊かである」ということを実感したのでした。


本の中にこうありました

「成功した人生というのは、自己の願望に従って生き、
自己の価値観に合った行動をし、その行動に最善を尽くし、
ごく自然にありのままの自分でいられる人生。

そして、可能であれば、ごくわずかだとしても、
自分と言う括りを越えて、自分以外の何かに貢献し、
人類に何かをもたらす機会を与えられた人生です。

風に運命をゆだねた小さな鳥の羽、
他の誰かのための微笑・・・」


おかげさまで、私はこのように生きられています^^。

この言葉のままに・・・
私の人生はもうすでに成功していて、幸せなんですね。

素直で素晴らしい自分をお持ちである私のグループメンバーさんには
この本を必読×10として上げておきます^^。

中でも、私のように「こういうのはもうお腹いっぱいだし・・」と一瞬思ったあなた。

そう、あなたが読んでください^^

そして、私は貸しませんので自分で買ってください。(笑)。



さて、少し片づけて出かけることにします。
今日も皆さん最高に幸せにお過ごしくださいね!!

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節約アスリート

先日テレビで拝見した秋田の主婦の方。

【番組サイトから】
結婚式は懸賞で当て、家にあるものも全てタダ。
節約に命を賭ける主婦に芸人記者が密着。
家族4人、わずか数年で1000万以上の貯金をした、
彼女の凄まじすぎるストイック生活が明らかに!


いやいや、そこまで行けばホントにすがすがしい~と感動したのですが
著名な方で本も出されている方だったんですね~、知りませんでした。

幸せ生活のためのマネー哲学―専業主婦でありながら5年間で1000万円ためた私の方法


彼女は節約をしてお金を貯めたいわけではなく
使うのが嫌
0(ゼロ)が好き
タダが大好き

と言うのです。

「喜び」が消費の上に乗っかっている状態が好きではなく

彼女の敵は「消費させようとするなにか」
なんですね。

一つの火口に鍋2・フライパン1の計3つ乗せて
「ガスコンロの火口は一つでいいのに・・なんで、2つあるの?
ガス使わせようとして~!」 

という言葉がとても印象的でした。

「できれば尼さんになりたい。
まだまだ世俗に引っ張られる自分が嫌なんです。」って

アスリートというより
修行僧ですよね(^_^;)

だ・・大丈夫?と思ったのですが

女のお子さんが二人いて
その子たちにインタビューしていたのを見ると
とても素敵なお子さんに思えました。

なので大丈夫なのでしょう^^

というか、ストイックも病的ではなく
バランスのとれた「芯」があるのでしょうね^^

これはこれで素敵。と思ったのです。
このかたの信念はとても素敵だと思いました。

だって、消費に踊らされないということは
モノを持たない、執着しない=失う恐れが無く=心が楽チン

こりゃ絶対に楽だわ。

本人もそうおっしゃってましたしね^^。


で、私はできるだろうか?と思いました。


というか・・
やりたい?と、自分に尋ねてみたのですが、

ここまで行けるならいっそのことすがすがしいとは思いつつ
考えれば考えるほど
彼女の言う「0(ゼロ)」にこだわってしまって
楽しいことを楽しいと思えなくなるかもしれない。

「0(ゼロ)か100のどっちか」と言う選択が見えてしまって。
完ぺきのはざまで苦しむ自分(爆)を思うと。


すがすがしくなくても、いーや・・・

と思ったのでした。(^_^;)


そして、ハタと思ったのでした。

ああ、彼女はまだ追い求めているんだ
「尼さんになって何も持たない生活」の完璧な自分を。

何だか少し悲しそうに見える彼女は
そこまで行けたら最終的にスッキリするのに
そこまで行けないもどかしさを持っているのね。

モノに執着はしないけれど

そっか。

なにか他のモノ・・・・・

いつかたどり着きたいゴール(それがあるのかはわからないけど)を
追い求めているのかもしれませんね。


だとしたら。

モノを求めても
モノを拒否しても

どちらもあまりかわらなのかもしれないんだろうな。

そんなこと考えていました。


著作のレビュー読んでみたら面白かったです。
彼女の哲学に興味があるな~って思って。

本屋さんで見かけたら立ち読みしてみたいです^^
そのくらいしか節約できないから~(^_^;)
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大往生したけりゃ医療とかかわるな

先日の新聞の広告で
「大往生したければ医療を受けるな」という本が大きく載っていました。

見出しもセンセーショナルなので、お医者様が書いた本としては
さまざまな言われ方をされているだろうなぁと思いながら、

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わたしは、こういうことを10年言い続けているわけで、
その中で見出した答えは、

これをそうだな、と思える人はそういう情報や経験を持っている人であって

根拠だ論拠だという人は何を言ってもどこまでも「それを求める人」だということ。
根拠や論拠に浸りきっている世界が「医療」なので
それが「安心だ」と、イワシの頭状態なので、
そんなマインドコントロールをほどくのにも時間がかかるということ。

なにせかにせ、お医者様は神様で、病気はお医者様が直してくれるものだと固く信じている。

私が言うのは
お医者様は人間であって、神様ではないので
全てを預けるのは無理なんだということ。
頼るべき時もあるけれど
根本的に「頼るべきは自分なのだ」ということです。


根拠も論拠も今までにどれだけ変わってきたか、考えてみたらいいのにと思うし、
統計学を学べば、有利な結論はいくらでも造れることから考えて、当てにはならないし

実際に、100人が100人、違う身体を持っていることに当てはめても
実験室の中の結論では、万人に有効なものなど導けないということは、
十分知っているのが、医療、薬学関係にたずわさっている人です。


で、経験上
人はそれぞれなので、
そう考える人はそれでいいのだと思うことにします。

その人にはそれらがどうしても必要で、それが稀にいい結果を生むと思うから。

タチがわるいのが、頼るばかりで医者を信じない人?
治療の結果を医者のせいにする人。
その医者を選んだのも自分だとすれば「共同に事に当たって得た結果だ」と
思えなければ、幼稚だとしか言いようがありません。


なので、amazonの書評を読むと面白かったです^^。
特に評価の低い方の書評。


見出しを見ているだけでも、
この本が医療を受けるなというのは

「どう死にたいのか、自分でちゃんと知って選びなさい。
その時に医療と言うのはあなたを助けるものではないことも知っておきなさい。
ゆめゆめ、医療が自分を救ってくれるなど幻想しないように」

と言うことだと思います。


毎日、5000個できるというがん細胞ですが、
たまには最終兵器のNK細胞がゴキゲンが悪くて、
できたものを都度やっつけられなくても

ゴキゲンさえよくなれば、解消してくれるので、
私はこの10年がん検診を受けたことがありません。

そんな訳で、ほっとけば消えてしまうものを、わざわざ見つけていじくって
大きくしてしまうほうがコワイワ~!と、
挙句に治療で免疫下げてどうする。って(^_^;)
思っているのです。

なってしまってどうしてもその子が大きくなりたいというならそれなりに理由があるのでしょう。

ってね(*^-^)。

そういう私の意見とは別な所でこういう話も知っておいてください。

【話題】 岡田正彦・新潟大学医学部教授 「長生きしたければがん検診は受けるな」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/31785

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