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大往生したけりゃ医療とかかわるな

先日の新聞の広告で
「大往生したければ医療を受けるな」という本が大きく載っていました。

見出しもセンセーショナルなので、お医者様が書いた本としては
さまざまな言われ方をされているだろうなぁと思いながら、

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わたしは、こういうことを10年言い続けているわけで、
その中で見出した答えは、

これをそうだな、と思える人はそういう情報や経験を持っている人であって

根拠だ論拠だという人は何を言ってもどこまでも「それを求める人」だということ。
根拠や論拠に浸りきっている世界が「医療」なので
それが「安心だ」と、イワシの頭状態なので、
そんなマインドコントロールをほどくのにも時間がかかるということ。

なにせかにせ、お医者様は神様で、病気はお医者様が直してくれるものだと固く信じている。

私が言うのは
お医者様は人間であって、神様ではないので
全てを預けるのは無理なんだということ。
頼るべき時もあるけれど
根本的に「頼るべきは自分なのだ」ということです。


根拠も論拠も今までにどれだけ変わってきたか、考えてみたらいいのにと思うし、
統計学を学べば、有利な結論はいくらでも造れることから考えて、当てにはならないし

実際に、100人が100人、違う身体を持っていることに当てはめても
実験室の中の結論では、万人に有効なものなど導けないということは、
十分知っているのが、医療、薬学関係にたずわさっている人です。


で、経験上
人はそれぞれなので、
そう考える人はそれでいいのだと思うことにします。

その人にはそれらがどうしても必要で、それが稀にいい結果を生むと思うから。

タチがわるいのが、頼るばかりで医者を信じない人?
治療の結果を医者のせいにする人。
その医者を選んだのも自分だとすれば「共同に事に当たって得た結果だ」と
思えなければ、幼稚だとしか言いようがありません。


なので、amazonの書評を読むと面白かったです^^。
特に評価の低い方の書評。


見出しを見ているだけでも、
この本が医療を受けるなというのは

「どう死にたいのか、自分でちゃんと知って選びなさい。
その時に医療と言うのはあなたを助けるものではないことも知っておきなさい。
ゆめゆめ、医療が自分を救ってくれるなど幻想しないように」

と言うことだと思います。


毎日、5000個できるというがん細胞ですが、
たまには最終兵器のNK細胞がゴキゲンが悪くて、
できたものを都度やっつけられなくても

ゴキゲンさえよくなれば、解消してくれるので、
私はこの10年がん検診を受けたことがありません。

そんな訳で、ほっとけば消えてしまうものを、わざわざ見つけていじくって
大きくしてしまうほうがコワイワ~!と、
挙句に治療で免疫下げてどうする。って(^_^;)
思っているのです。

なってしまってどうしてもその子が大きくなりたいというならそれなりに理由があるのでしょう。

ってね(*^-^)。

そういう私の意見とは別な所でこういう話も知っておいてください。

【話題】 岡田正彦・新潟大学医学部教授 「長生きしたければがん検診は受けるな」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/31785

本の話し | Comments (0) | Trackbacks (-)

流氷1000㎞の旅

ロシアのアムール川で生まれる流氷は、
北海道まで1000㎞の旅をして流れ着きます。

こんな感じ(^ー^* )
流氷

「流氷は生き物だから」と教えられたように
流氷が見られる見られないも、その日の風によるもの

風向きが変わると近づいてきたかと思うと遠ざかっていくのだそうです。
午前中にはあっても午後には姿も見えないということがよくあるのだと。

実際に見てみると流氷は帯状に手前に流れてきていて。
その姿は「海の中を流れる大きな川」のようなのです。

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岸壁からどんどんとその「川」を遡って

流氷帯に突入するのですが

小さかった氷はどんどんと結着した大きい氷へ変化していき
いちばん大きかったものでたたみ6畳くらい?
それをわざわざガリンコ号は「割り」に挑みます(笑)


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ちなみにこうした蓮の葉状の丸い氷になるのは
海洋表層を漂ううちに互いに衝突し縁がめくれ上がってくるからだそうです。

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大きな音をたて、割れた氷がいったん沈み泡立ち
白い塊はソーダ水のような綺麗な青色に包まれます。

きっれ~~~~~~!!

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で、私がどこに位置していたかと言うと
へさきのちょい後ろ。

風も少なく、これは恵まれてたね~と言いながら
へばりついていました^^。

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風を通さないオーバーパンツをはいて大正解!
帽子とネックウォーマーで目元くらいしか肌は出してません(笑)

沖合の結氷帯にたどり着きました。
ガリンコ号はバキバキと元気に割っていきます(^_^;)
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これらの氷がぶつかって立ち上がり丘のような山を創りますが。
今回それは見られず。次回に持ち越しです(*^-^)*3月中旬が良いそうです

一面の流氷までたどり着いて、船は30分ほどで引き返します。
風が無いと思っていたのは、大間違いで(^_^;)
追い風になっていたんですね~。

なので帰り道は、ものすごい向かい風が全身にぶち当たり。
帰り道と言うこともあって、船内に避難した私たちでした。


ええ?その格好で?と言う女性陣は
ぬくぬくした階下(?)と甲板の室内もありますので
ちょっと見ては引っ込む。でも十分楽しめていたのでは?と思います。

お薦めは船底に当たる、ソファーシート
そんな席があることも知らず(爆)へさきあたりにしがみついていましたが
この関は大きな窓の外に流氷が真横で見えていたと思われます。

売店もあるので、暖かいコーヒーなんぞ飲みながら・・・
それはそれで特等席ですね^^

日中でしたからカメラを持つ素手も前の晩の氷瀑祭りほどではなく
たくさんの写真が撮れました^^

あ~~~~~楽しかった!!
ガリンコ号がこんなに楽しいなんて全く知りませんでした(笑)

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写真:ガリンコ号HP http://www.o-tower.co.jp/garinko/ より


流氷サイトなんぞを見てみると
2度目5度目のチャレンジでようやくみられた。などとありました。

初回でこれは、素晴らしい成果ですね^^。

ちなみに紋別の昨年の流氷出会い率20%
今年は40% (2012冬はここしばらくなかったほどに冷え込んでいましたから)だそうで

今年だったというのもラッキーでしたし、
この日の風が、私のところまで流氷を連れてきてくれたんだと思って
本当に感激しました!

ガリンコ号を降りるときには
ぬくぬくとした船室で温まった体でもう大満足!

10分程度の余裕で、バスに集合して
マルカイチ水産へ。

海産物のお土産屋さんで、
海産物の炉端焼き昼食なのか?と思ったら(^_^;)

ビックリするほど広大な水産加工場で(^_^;)

その広大な倉庫・工場の敷地の中に
海産物のお店と別棟の「昼食処」がある。

食事を運んでくれる人も加工場から急きょ手伝いといった装い(笑)

前日や朝のうちにメニューを決めて、セッティングしているらしく
事前に「海鮮炉端Aセット」とか「海鮮丼」などのオーダーを入れなかった(炉端焼きは食べないし)
私たちはその場で、大慌てでした。

それまでの、道の駅見たくレストランやお土産屋さんだとばかり思ってたから
その時食べたいものを頼もうと思ってたんです~(^_^;)

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写真:マルカイチ水産HPから イメージだけお届けします(^_^;)
http://www.marukaichi.co.jp/ 

んで、いくら・カニ丼 鉄砲汁付 1050円なり♪
さすがに美味しかった~(笑)
え~っと(^_^;)食べかけでゴメンナサイ(^_^;)

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さっさと食べて、店舗へ移動
ホッケなどを数枚買いました。

毛ガニも安かったので(とはいっても2700円位 重さにしては安い)
悩んだのですが、いま食べちゃったし~(^_^;)

この後かまぼこ屋さんへ行くから。断念

で、かまぼこ屋さんの出塚水産♪
あつあつ揚げたての「カニマヨボール」でお出迎えいただき
*すごい美味しかった~ヾ(〃^∇^)ノ

ここは選んだものをその場で揚げてくれてお土産で持って帰れるのですが、
私も帰ってから揚げたてを食べたいので、

ホッケと一緒に、バスの荷物室(零下)に収納していただき
札幌まで持ち帰りました。

家で揚げて・・・やっぱり旨いっ!!ヾ(〃^∇^)ノ

氷の写真ばかりでみなさんもぐっと冷えてしまったことでしょう(^_^;)
揚げたての蒲鉾の写真でもあれば良かったんだけど・・・
お許しください(^_^;)

寂しいのでHPからいただいてきました。このホタテ型のも美味しかった~!
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出塚水産HP http://dezka.com/xoops/

で、バスは一路、札幌へ
帰り道はトイレ休憩だけで、
結局ホッケとかまぼこしか買えなかった私。

あ!ガリンコ号前に滝上で「ハーブ」買いました。
ここで育ててる方がいらっしゃるの知っていて
お店にあったので即買い。

お土産物は層雲峡あたりで買っておくべきでした(^_^;)


札幌駅北口に、ゆうゆう6時に到着。

ひ~~~楽しかったよぉぉぉぉ~~~!と
小さくしつこく叫びながら、家まで帰りました^^。


長い旅話を読んでいただきありがとうございました<(_ _ )>





極寒!氷瀑祭り&極楽!温泉三昧

バリ島は何回行っていても・・・旭川から向こうは初めての我が家です(笑)。
だって、とにかく暖かいところへ・・そう思うのは当然と思いませんか?
札幌は今日も最高気温が-3度ですって。(^_^;)


1泊2日で、「大迫力!紋別ガリンコⅡ乗船体験と層雲峡氷瀑まつり満喫プラン」
と言うのに夫婦で参加してきました。
我が家は二人とも長距離運転が好きじゃなくて・・
車で遠出?ましてや冬?とんでもない!って(笑)夫婦なのです。

それで選んだバスツアーでしたが、これが大正解!
ぬくぬくとしたバスの中から眺める北海道の冬はとてもきれいでした^^

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【ツアー行程】
1日目:
11:30 札幌駅近くの集合場所を出発
~途中2度ほどトイレ・お買いもの休憩~
15:00 層雲峡温泉到着(朝陽リゾートホテル) 泊

2日目:
08:00 ホテル出発
~トイレお買いもの休憩~
10:30 ガリンコ号出発 (1時間)
12:00 昼食:海産物土産 マルカイチ水産(1時間)→(買い物)かまぼこ出塚水産
13:30 紋別を出て(途中トイレ休憩を2回)
18:00 札幌到着


まず流氷を見たいと言って検索するとたくさん出てきたのが
「日帰りプラン」でした。
北海道に住んでいても「日帰り」できるなんて知らなかった私たち(^_^;)

日帰りだと出発が朝6時台で帰りも夜8時を過ぎます。
冬道なので、ちょっと多めに時間をとっているとは思いますが、
バスに乗っている時間が長いしなぁ~って思っていて
見つけたのが今回のツアーでした。
オマケにモニターツアーと言うことで格安。

温泉にも入れる?!(この時点で氷瀑まつりに関してあまり興味なし(^_^;))

それで決定しました(^ー^* )

悩んだのはガリンコ号乗船の服装。
なんたって-10℃以上はいくでしょう?

でも荷物は増やしたくない。

タイツ+軽登山用裏起毛ズボン+軽登山用シューズ
ヒートテックタートル+フリース+冬用ジャンパーといった服装で出発して

氷瀑まつり見物とガリンコ号乗船のために
厚手スパッツ+毛糸の帽子+ネックウォーマー
+風を通さないオーバーパンツを持ちました。
*氷瀑まつり当日は-15℃でしたが、上記のモノ着用で何とかなりました。 
*オーバーパンツはガリンコ号のみなので、紋別が近づいたころバスの中でズボンの上から着用。

途中30分ほど立ち寄った「北の森ガーデン」では
北菓楼のソフトクリームが最高に美味しかったです☆♫°*”絶対おすすめ~!!
道路状況が順調だったので多めの休憩があって楽しめました。


層雲峡って初めてきましたが、なるほど~迫力のある山々がそびえています。
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宿泊は朝陽リゾートホテル
畳の部屋が良かったのに・・・ゴロゴロしたかったのに・・・
ツインの洋室でこれがとっても残念だったけど、ソファーがとっても良かったので我慢できました(笑)
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シャワーブースと洗面台がガラスの向こうにセット
ちゃんとしたクローゼットがあって、トイレはドア横に別にあります。

ここはとても接客が良くていい感じでした^^
料理は夕食・朝食どちらもビュッフェで、種類もすごく豊富でした。
北海道の食材が多くて他県からの方にも喜んでもらえるメニューだったと思います^^

一番気に入ったのが「焼き野菜」(^ー^* )
素材の良さが生きるってこういうことですよね^^
焼いただけのかぼちゃの甘くておいしい事!

ズワイガニも甘かったし~
今あまりお肉を食べてないのですがそれでも十分堪能できるメニューでした。

また、レストランで働いている子がほぼ「中国の若い娘さん」で、
たどたどしい日本語で一生懸命接客する姿にほのぼのしました。

中国からのお客さんも多いので、結局雇用する側としては
一生懸命働いてくれる中国の若い子の方がいいのでしょうね。

それはそれでちょっとさびしいけど
私は仕方ないなぁって思います。
「仕事が無いという若い子」とこうした職場のマッチングが
出来ない社会状況ってのが、悪いのだと思うから。



氷瀑まつりはライトアップされた夜の方が綺麗だし
その夜は20:30から花火大会もあるということで

温泉⇒夕食⇒氷瀑祭り と思ったんですけど、
それだと温泉も食事も混んでいる時間なので悩んだ末「花火」をあきらめました。

聞いてみると花火は10分程度、とのことでしたし
温泉入ってから氷点下15℃度近くって無理!っておもいまして・・(^_^;)

やりたいことを順番に♪と、
氷瀑祭り(すでに夕暮れなのですぐ暗くなるはず)⇒温泉⇒夕食 
と、決めました。

これが大正解!
やりたいことから順番にっていうのは最強ですね^^

氷瀑祭りは薄闇から本格的な暗闇に浮かび上がる姿まで
混雑なく堪能☆♫°*”

あまり興味がなかった氷瀑まつりでしたが
本当に迫力があって、見ごたえがあって、
お子さんも楽しめる、イベントでした^^。
楽しかったですよ~!!

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暮れるにつれて、ライティングが美しく幻想的で、
氷の洞窟が迷路のように繋がった中を歩くのはとても楽しかったです。

ただ、正真正銘の極寒!会場は-15℃くらい?
カメラを持つと手袋ができず、指の感覚がなくなります。
あんな寒さは札幌ではなかなか味わえないです。

まだ空いていたのでゆっくり回って、帰ろうとすると
いよいよ暗くなったからと観光客が押し寄せてきました。
おお、早く来てよかった!私たちは楽勝♪余裕で回れました^^

大急ぎで帰って(ホテルまで徒歩10分弱)
大急ぎで温泉へいこうとエレベーターに乗ると
行くときもすごい列だった食事会場階はさらに人があふれていました。

おかげさまで、大浴場も露天もすっかすか!(笑)
ビックリするほど人がいなくて、これもまたのんび~りつかることが出来ました。

かけ流しの源泉は露天もあって、露天の浴槽までの10秒間は
-10℃に裸体をさらさなくてはなりませんが(爆)
滅多にない事なので、一人できゃぁきゃぁ言って駆け込みました。

良いお湯だ~、うっすらと白濁した湯の華のお湯。
極楽~~~。*.゚☆(*゚▽゚)/°


温泉から上がって、いよいよ腹ペコで夕食会場へいくと。
さすがにもう誰も並んでいなくて^^

人数も落ち着いたので料理を取るのもぜんぜん楽勝♪

この順番で正解だったね~!
どこも空いてたもんね!花火はまぁ見られなかったにしても・・・

と食事を終えて、部屋に戻ったら
花火の揚がる音が聞こえて窓からのぞくと

バッチリすべて見えるではないですか~~!
綺麗でした~!あきらめてた花火が部屋の中でぬくぬくと見られて

全てが最高ヾ(〃^∇^)ノ

さすが☆♫°*”私☆ヽ(▽⌒) 


後はのんびり、タケシの番組見てだらだらして就寝(^ー^* )フフ♪

翌朝は出発が早いので、朝いちで温泉に浸かりたいのです^^。


ということでガリンコ号詳細は明日また書きますね!!

信じる必要もないほど信じていた事

*ニコ動の「THRIVE」が今夜で削除されると聞きまして、
 そういえばyoutubeもいつまで見られるかわからないと聞いてたこと思い出しました。
 見たい方は早めにどうぞ!!って、私は今、結局amazonで購入してしまいました(^_^;)


私はいつかこの日が来るってずっと思っていました。
そう、わざわざ信じる必要が無いくらいに^^


1~10まで分割されてます。これは1/10です。以後はyoutubeから続けてどうぞ^^
*動画のUPと削除が追いかけっこ状態になっています。
 youtubeで「THRIVE」を検索されると、いくつかは見られると思います。

お時間無い方は5/10 10/10だけでもぜひ!
*5/10は今一番重要な問題がオープンにされてますので
 速攻削除されてしまいます。
 見つけたらその場で見てしまうことがお薦めです。


先日から3回にわたって「知的探究心は人類の業」について書いてみて
梅棹氏が生きていたらこれをどう見ただろうか?

そう思いました。見てほしかったな~、って。

「THRIVE」での情報は、もうすでにご存じの方も多いと思いますが。
今回私がとてもうれしかったのは
・トーラスについて(実は小学生の時からそうだろうと思っていました。)
・フラワーオブライフ(&6角形曼荼羅画が特に強いということもね)に関して

そしてあちらの動きがそろそろ最終段階へきているということも。
(モンサント社の「種について」が本格的に動き出したから)


これらの情報を誰かが体系的に世間に広めてくれるのを、
「知っていたから」 私はずっと待っていました^^

ホントにホントに今か今かってね。
だから本当に嬉しく思いました。

私は並行して大切な別の仕事があったから。*.゚☆(*゚▽゚)/°
それに真剣に取り組んで、自分が思い描くものを呼び寄せたい。
そう考えていました。

もしこの動画を見て、何とも言えない怒りを感じる人がいたら、
「大丈夫、怒りを持たなくてもいいのですよ、世界はもう変わり始めているのですから」と
そう伝えたいです。

この世代に生まれ、今まさにそこに立ち会っている自分を誉めて信じてくださいね^^

アロエラーさんたちは特に見ておいた方がいいですよ(*^-^)
私たちはすでに10/10のパートを実現しています^^喜んでくださいね^^

10/10の「Angelさん」の言葉を梅棹氏に聞かせたかった~~!


時代は今本当に大きくうねってきています。

ニュースや新聞に見えているのは
世論を迷宮に留めておきたいうねりです。

そうじゃない潮流があるんだという事だけでも
知ってほしいと思い、UPします^^

と言うことで、今日はこれから足つぼの会へヾ(〃^∇^)ノ

知的探究心は人類の業 3

この番組から感銘を受けて、先日から書いていますが。

ETV特集「暗黒のかたなの光明~~文明学者 梅棹忠夫がみた未来~」
http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2011/0605.html

これが放送されたのは昨年(2011年)6月、
震災に続く原発事故から3か月ほど経った時点です。

 ●      ●     ●     ●
震災前 ― 震災 ― 6月 ― 現在

人類の意識の置かれている ● 点は少しずつ変わって、

その点と点を結んでいくと
それによって延長される線の方向も変わった、と、思っています。

一人一人が実現できることを集約して 「光明」と梅棹氏は見たのではないか?

私はそう思いました。

彼に近い人間は、未完のままの「人類の未来」で、梅棹氏が何を書きたかったのか
それぞれに、話してくれました。

梅棹氏の後輩 国立民族博物館名誉教授 石毛氏は
太平洋戦争の敗戦が決まり日本中がしょげ返っているとき
焼け野原に立って「これで新しい日本が誕生する」と、
梅棹氏は逆に希望に満ちていたと、エピソードを語り
物事をけして一面で捉えなかった梅棹の思考法に光明があるのではと、
また、
物質文明の豊かさの中で快適に暮らせることが文明と思われがちだが
それは、文明の一つの側面にしかすぎない、
文明と言うのはもので表現するだけではなく、人間の心の中に構築されていくものでもある。
それを考えていかなければ、と、おっしゃり、

ノンフィクションライターの山根氏は
経済と言う左脳的な働きばかりが優位にある世界で、
右脳的な「情」であるとか「心」の部分がないがしろにされてきた。
今は右脳的なそれらを発動することで
暗黒の先に光明を見いだせるのではないか?と


宗教学者の山折氏は
「ノアの方舟物語」にみる、「生き残りの文化」と
仏教の「三車火宅の物語」が言う「すべて掬い取る」教えを比べ
日本人は頭では「生き残りの物語」を戦略を受け入れ
首から下には「無常観」や「三車火宅」という仏教感覚がある。

この2重の感覚を持つ日本人が、
限りある資源のなか、立ち行かなくなる循環を前に
自然に対して攻撃的にふるまわない、受容的な気持ちで接っすることで
危機的な状況に冷静沈着に対応できうると

その時に役立つのが仏教的な物語であって
これが西欧の宗教の持つ「生き残りの文化」的な
欲望のコントロールと言うことではなかなかできません。
光があるとすれば仏教的な思想のなか、「三車火宅」の彼方からやってくるのではないでしょうか、
そう語っておられました。



梅棹氏は、それまでプロしか写せなかった写真が、一般的なカメラの出現で
誰でも写せるようになるのを見て、
1954年に「アマチュア思想家宣言」という文を書いています。

思想は使うべきものである。
思想は西洋かぶれのプロ思想家の独占物ではないのであって
アマチュアたる土民のだれかれの自由な使用にゆだねるべきである。
プロには任せておけない
アマチュア思想道を確立するべきである。
    『アマチュア思想家宣言』(1954年)より



例え私たち人類が「業」としての科学への知的探究心を持っていたとしても
必ずしも、ここへたどり着くシナリオだけではなかった

貨幣経済にミスリードされたシナリオではなく
人類はひょっとしたら、
ここではない違う未来、オルタナティブな未来を持っていたのではないか?と
私はいままでずっと考えてきました。

そしてそれは、まるで幕をめくるように変わるときがくると。


ここから、梅棹氏の見ようとした「光明」を覗きこんでみれば
この大震災にまつわる出来事こそ、
「後戻りすることのできなかった貨幣経済」からの脱却への、
微妙な角度が付いたのではないか?とそう思ったのです。


番組の最後に、梅棹氏の後輩であった
国立民族学博物館教授 小長谷由紀さんはこうおっしゃっていました。
荒俣氏との対談です。

小「文明と言うのは制度と装置ですけれども、それは一旦出来上がるとなかなか壊れない。
 そこかしこに亀裂ができても、壊すのは難しい
 だからほころびを見て見ぬふりをしたままダラダラと続けてしまう。

 現代社会は今もなお、政治家だとか社長だとか、
 そのほころんだ制度と装置を維持するためにいるような人たちに頼っても、立ち行かないわけです。」

荒「維持と同時に利益を得ているわけだから・・・」

小「そうです。原子力発電なんかも基本的にはそうでしょう。ビジネスとして動いているのですから、
 どうしても無茶が通ってしまうのですね。
 皆がもう、そこに気が付いているのに抜け出せなくなってしまう。

 これを抜け出すとしたら、一人一人の、これを見てらっしゃる方の一人一人が主体者となって
 梅棹忠夫がかけていた「英知」の部分、そこにめがけて知的生命体として幸せに生きることを追求する。」

荒「そうか、わかってきた。
  今のカメラで言うと、専門家はそのカメラで食ってるわけで
  アマチュアはカメラを楽しんでいる。
  その楽しむ力では何かを変えられるんですね?」

小「そのアマチュアの力で何かを変えられる、そうそっちでしか変えられないので・・」

荒「まさしく『英知』だなぁ~」

小「そっちが『英知』で、これで喰っちゃってる人は『理性』になる。
 もともと目的があって、その目的のためにやっちゃう。
 
 我々は好き勝手にやって・・では、次世代に向かっては無責任な形ではないかと
 その人たちはまだ万全にその生を全うして、知的生命体として生き切ってなから
 そういう累々とした営みを続けて行ってもらうための責任ってあると思うんです。
 なんとか舵を切りなおすということを我々の責任でやるべきじゃないかと。」


番組はこの後荒俣さんが東京の街中の灯りが節電で暗くなったようすから
光明はこの暗闇から。。と、閉じています。


バシャールから始まり、小さなころからの疑問を少しずつ
スピリチュアルな分野と精神世界的分野から、(自分なりの)回答を得て
ここまで生きてきました。

宗教では解決しない人類の持つ性質を納得して、
私がようやく獲得した(私なりの)「人類の未来」がありました。

いつかそうなるだろうと思った、私の思い。
梅棹氏の「光明」が、皆さんの語るようなものだとしたら、
それはまさしく私が描いていたものでした。

原発事故が、このように日本や世界を変えて行っても
まだ「原発にすがろう」とする人たちの姿に
この船の重さを、重すぎる重さを、刻々と知ることになって

船はびくともしていないのか?それともゆらゆらと少しずつでも揺れを増しているのか?
そう聞かれれば、

「絶対に揺れ出している。」そう答えたいのです。



梅棹氏が亡くなったのは2010年7月
あまりにも暗く、書けないままになってしまった「人類の未来」

もし氏が生きていらっしゃったら、311の震災の後一気に
最終章「暗黒からの光明」から先に、書きあがったのではないか?
そう思いました。

長くなりましたが、「理性と英知」に関して番組ではもう少し踏み込んでいました。

機会がありましたら、PANDORAテレビのみ、見ることが出来ますのでどうぞ。
*PANDORAテレビは見る為には登録が必要です
http://channel.pandora.tv/channel/video.ptv?ch_userid=afwefqwq&prgid=42398670&categid=all&page=1#.TziWM64mISU.facebook
映像は途中途切れたりしても放っておけば勝手に入ると思われます。


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知的探究心は人類の業 2

つづくとかけないワタクシでゴメンナサイ(^_^;)

もう一度、もう一度と、録画を見直しながら、
自分の中にどう落とすかと、実はすべて書きとる作業をしています。
2/3終わりました。もう少しお待ちくださいね。

待ってる人はいるのか(^_^;)

ま、いいか(笑)


先日書いた梅棹氏の言葉

人間は知的生命体であり、
だからこそ知的成長が最初から組み込まれており

腹の足しより心の足しを喜ぶようにできている(腹が満たされるだけでは満足しない)
頭がシビレルことを、心がシビレルことを最大の生きがいとしているのに
それが原因で人類は滅びる可能性が高い。

知的探究心はどこの民族にもある、これは業や。


それを補足するような音声も紹介されました。

知能と言うのは驀進する性質がある。
科学と言うものはそれによって支えられている。これは「業」や、
こんなものは本当にい性欲とよく似ているところがある。コントロールできひん
出来る奴は一握りの聖人君子だけで、
普通の人間は、科学と言うものは、コントロールできひん
それは「お前ら子供作るな」と言うのと同じで、できひん



比較文明学の先駆者として、50か国以上の民族を巡り、
科学の本質である知的探究心がどの民族にも必ずある普遍的なものであると知った
梅棹氏の言葉には、

ゆっくりと突き刺さるような重たいものを感じました。

人間の業は

その力で便利さや秩序を構築して、
しかし留まるところはなく、さらに行き過ぎようとしている。

人類を置いて。

私が感銘を受けた言葉がありました。

業ですから自分で業であることを自覚してコントロールすることを知らなければいけないんだと思います。

簡単に聞こえますが、人類の根源をもって、取り組んでゆく大きなテーマに思えます。


完成しなかった「人類の未来」を、

梅棹氏の近くにいた研究者たちが
模索していきます。







ということで、今日はこれから飲み会なので失礼いたしますヾ(〃^∇^)ノ


明日に続きます^^


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知的探究心は人類の業。1

私の小さなとき、ベトナム戦争がありました。
ありましたと言っても、ニュースや新聞の中だけでだったので
遊びや遊びに夢中だった私は、「遠い世界の恐い事」としか思っていませんでした。

ただ、大人たちはケンカはするなとか、ケンカ両成敗とか・・
人を傷つけるのはいけない事と言いながらなぜ戦争をやめないのか、止めないのか。

キリスト教では「汝の敵を愛せよ」とかいうのに、なぜそのキリスト教徒が戦争をしているのか。
いつも心のどこかに引っかかっていましたが

世界とはそんなもの。とか
大人のすることとはそんなもの。とか、
いつか誰かが気が付いて戦争なんて馬鹿げたことをやめるだろう。と

そんなふうに了解して育ってきたと思います。

なぜ宗教で戦争が起きるのか?について初めて納得できたのは
結構な年齢になってからリチャード・バックの「イリュージョン」と言う本を読んでからでした。

それは大きな、私のスイッチバックでした。
この世界の宗教や政治、人間のすることを見渡した時。
がっかりするよりも、大きな声を上げるよりも
自分から何かを変えなくてはならないんだと思いました。
一人一人が自分について成長することが、この世界から戦争をなくする方法だと思ったのです。

それから14年が経ちました。
全ては歴史の中となり、今は目には見えないけれど、世界は確実に変わっていると信じている自分がいます。


一人一人が成長するために、
何が必要かと、たくさん考えました。

私が選んだのは、スピリチュアルと言われる分野や精神世界ではなく
現実と自分の意識に沿って物事が動いていく今の仕事でした。

大変不遜な物言いですが。
スピリチュアル世界に群がる人の依存度の高さにも辟易しましたし
精神世界の中でうずもれていく人にも情けなさを感じました。
*もちろん、そうではない方も大勢いらっしゃいます^^

だからこそ、この仕事を知れば知るほど
私は、依存の無いこの仕事を通して
「一人でもいいからその人が現実に自分を生き切る」ための手助けができたらそれでいいと思いました。
今でもそれは変わりません。


そんな私が、最近強く「なぜなのか?」と考えているのは原発の問題でした。

私は福島の原発が事故を起こしたとき
心の中でこう思いました。

「こうして大事故が起こらなければ、人間は原発をやめることが出来なかったのか。
それほどに何かにマヒしてしまっているのか?」って、

でも、ほどなく「それでも辞めないつもり」とわかり、愕然としました。

人類はどこへ向かっているのだろうか?
なぜこんなにモノがわからないのか?

それを考えることは
私は私、私のできることを、と改めて腹を決めることが出来た。
大きな転換点となったわけです。

さらに、今回この番組を見て、
私が思っていたことを、言葉にしていただいた感動で
私の思考に大きな起動スイッチが入りました。


ETV特集「暗黒のかたなの光明~~文明学者 梅棹忠夫がみた未来~」
http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2011/0605.html

番組は2011年6月のものも再放送も終わったので、
PANDORAテレビのみ、見ることが出来ます。
*PANDORAテレビは見る為には登録が必要ですが
 ぜひと思ってリンク貼っておきます。
http://channel.pandora.tv/channel/video.ptv?ch_userid=afwefqwq&prgid=42398670&categid=all&page=1#.TziWM64mISU.facebook
映像は途中途切れたりしても勝手に入ると思われます。


最初はあまりに暗く、番組を見るのをやめようかと思ったのですが、
見て良かったです。


人間は知的生命体であり、
だからこそ知的成長が最初から組み込まれており

腹の足しより心の足しを喜ぶようにできている(腹が満たされるだけでは満足しない)
頭がシビレルことを、心がシビレルことを最大の生きがいとしているのに
それが原因で人類は滅びる可能性が高い。

知的探究心はどこの民族にもある、これは業や。


全くその通りだと・・・。

でもそこからどの方向が「光明」なのだろうか。


長くなったので内容は、明日か明後日 また書きますね^_^;


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委ねると「計らい」が降りてくる。

思い付き(=直感)で、会場を予約して
昨日10日 「からだとこころの楽しいお話会」を開催しました。


2日しかないから、
天候が悪いと予測されているから、
この短期間では準備できないから、
誰も来られないん次じゃないかな、


全て考えませんでした。(笑)


どんな流れになるかは
来る人の空気と、その時会場で融合される空気だし、

スタートの導入だけ準備して、

さぁ後はお任せ!!


やっぱりね~直感には従ってみるもんだと(笑)

求めていた次の階段への鍵や
沢山の気づき、そして大きなプレゼントをいただきました。

それらのすべては、前日まで、全く形にも姿にもなっていなかったものです。
種はあったにしても、いつ芽吹くともわからないものが全く新しい形で生まれちゃった。

嬉しいびっくりです!

私はどうしても頭で考えがちで、(と言うか、考えるのが好きなんです^_^;)

でも、考えたあげく、全てを手放し、委ねるので、
それが最高の矛先を示してくれることがとても多いのです^^


来てくださった方たちも、それぞれの未来と今の自分の立ち位置を確認してくださって
お互いに大きな大きなリボンで飾られたギフトを受け取って散会しました^^。

研修室5は私にとってサンクチュアリヾ(〃^∇^)ノとなりました。

身を投げ出して、委ねること。
自分の頭で何かをコントロールしようとしないこと
なんでも「意味」を考えようとしないこと
とても大切です。

それができてくると
間違いなく自分が確立されてくるから。

それが、誰でもない、あなたの人生を輝かせるコツです。


次回の「からだとこころお話会」は
全ての人間が実は使っている「自己暗示」についてお話しする予定です。

う~。*.゚☆(*゚▽゚)/° 私が一番楽しみ(爆)!

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吸う息・吐く息

そういえば、気になっていた事。
ようやく調べてみました(笑)

なぜ人間は起きているときは胸式呼吸で
眠りに入るあたりから腹式呼吸に切り替わるのか?

瞑想してるときって、腹式呼吸に切り替えますよね?

【腹式呼吸】
鼻から息を吸って(お腹が膨らむ)
口から息を吐く(お腹が凹む)

なぜ、一日中腹式ではいられないのか?(爆)
気になってて仕方なかったのですが。

こういうのを見つけました。

 

胸式は生きのびるために「吸うコト」を目的とした呼吸方法です。
吸う力は強いのですが、「吐くコト」はコント-ルできません。
 
それに対して、腹式呼吸は表現するために「吐くコト」を目的とした呼吸方法です。
腹式呼吸では「吸うコト」は「吐いたコト」の反射的な反動にすぎません。
だから意識的に「吐くコト=声」をコントロールできるのです。




ほっほ~。
そう言われたらそうですよね。


尚、調べてみると
呼吸と言うのは、自律神経の仕事で

交感神経が有意な時は「活動状態」なので「胸式」
副交感神経が有意なときは「リラックス状態」なので「腹式」

そうそう、そうでした、今頃、思い出した(^_^;)ハズカシイ
この切り替えが人間には大切なのでした。

一日中リラックス状態だからいいというものではなのですものね^^
*人間の身体はそういう風にはできていないと言うことです


それでまた気になっていたことを思い出しました。

現代人は、口呼吸が多くなっていて
風邪をひきやすいという話。

鼻から息を吸うとフィルターを通すのでウィルスを防ぎやすいが
口から息を吸うとダイレクトに喉にウイルスを送り込んでしまう。

口呼吸には危険がいっぱい。
http://allabout.co.jp/gm/gc/184280/2/
↑↑
この中からええ?そうなんだ!と思った文章

人間も他の動物と同じように、赤ちゃんの時は無意識に鼻呼吸をしています。
母乳やミルクを飲んでいる間は、口が使えないこともあり、鼻呼吸の習慣は忘れません。

ところが、喋り始める時に、言葉と一緒に口で呼吸することを覚えてしまいます。
さらにこの頃、離乳の時期を迎え、おっぱいやおしゃぶりから離れた口は、
空気を吸うようになります。
実はこの離乳の時期が重要と言われています。

日本では、離乳の時期は、1歳前後が常識ですが、海外では、3、4歳が常識です。
おしゃぶりや授乳を1年でやめてしまうと、鼻呼吸が定着する前に口呼吸を覚えてしまいます。

それでもおしゃぶりを口に入れていれば、鼻呼吸が定着し、
4歳ぐらいまで鼻呼吸を続けていれば、それが習慣化します。

なんと欧米では、口呼吸の弊害が早くから指摘されており、
欧米の家庭では、3、4歳まで子どもにおしゃぶりをくわえさせることが常識とされ、
殆どの人が鼻呼吸をしているということです。



知らなかった~!(^_^;)


もはや何を書こうとしたかわかりませんが(爆)

リンク先には鼻呼吸への矯正方法と言うのも出ていましたので
興味があればご覧ください^^

気が付けば私も口が開いているので(^_^;)
ガムテープで挑もうかしら?(笑)

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DNAは1280億キロメートル

1280億㎞ って

どのくらいの長さかと言うと・・・地球と太陽を400回往復以上

で、何の長さ?というと・・・。

一人の人間の細胞(75兆個として)の中にある、DNAをすべて繋いだ長さ。

おまけに、

その全てを丸めても冷蔵庫の氷一個の大きさにもならない。


いや、本当に人間の身体って呆れるくらいすごいですよね~。

以前に一生分のエストロゲン(ホルモン物質)の重さは「切手一枚分」と聞いたときにも
たったそれっぽっちのホルモン物質にどれだけ影響を受けているかと思うと
ひっくりかえりそうになったわたしですが・・・


DNAの長さについては出典は「フィットフォーライフ」と言う本。


そこんはこんな風にも書いています。




不思議なことに、私たちはお金を払わずに手に入れたものについては、かなり粗末に扱う。
この神秘的で信じられないほどすごい機能を持った肉体を
私たちは生まれた時にただで与えられたため、
正しく評価せず、むしろ虐待しているのである。

本当は協力して働かなければならないのに、自分の身体に逆らってばかりいるのが実態なのだ。



返す言葉もありません(^_^;)

世界中の化学プラントを合わせたよりもっと多くの化学反応が毎日、毎時、毎瞬
身体の中で起きています。

人は同時に3つ4つの事は出来ないというのに
人間の身体は一日1000兆もの作業の過程を、24時間×生きてきた日数、
まんべんなく執り行ってるんですね。

そんなこと考えなくても生きていけるのですけど。

私は健気な自分の身体のために
出来ることがあるなら、そうしたいと思っています。


今日の情報は今日読んでた本
フィット・フォー・ライフ ――健康長寿には「不滅の原則」があった!から。


「意思」より強いのは「想像力」

あなたがどんなに頑張っても「意思」より「想像力」の方が勝るのだ。

と、エミール・クーエは言います(笑)


長さ10メーター 幅30センチの鋼鉄の板を地べたにおいて
さぁこれを踏み外さずに渡ってみろ!と、言われたら
ほとんどの人は、問題なくてできるはずだが、

その鋼鉄の板を(クーエは大寺院の塔の高さっていうんだけど^_^;)20メータ位のところに渡して
同じことをしろと言われたら、これはできない。って。

どうしてか?

前者の場合は「容易にできる」と想像しているけれど
後者の場合は「できるはずがない」と想像しているから。

そこにどんな意思があっったにしても。
大寺院の塔の上に渡した板の上は「渡れない」と言う想像が働いてしまう。とね^^


こんな風に彼は書いています。

めまいがしてくるのは「もう今にも自分は墜落する」と言う像を、
我とわが心に植え付けた結果なのである。
この像は、「意思をどんなに働かせても」すぐに事実に変形し、
意思の働きが激しくなればなるほど、それだけ早く、
内心の願望とは逆の結果が生じてくるのである。

*タイル職人などがすいすいとそれをやれるのは「自分ならできる」と「想像」しているから。とも言っています。


そして、お酒を辞めたいと思いながらやめられない飲んだくれは
意思の力でそれを叶えようとするけれど。

同時にそれを「どうしても禁じ得ない」と想像しているから、想像が勝るのだ。って。


「私は意思が弱いから~」と言う方は「行きたくない方へと働く想像力」が強いのです(笑)。


まずそこに気が付くことってとても大きいですよね^^

それに気が付くだけでも相当違うと思います^^


禁煙にダイエット、いろんな場面で発想の転換が必要ですね。

「私は~~をできる」それを容易に想像できるようになるにはどうしたらいいか?


答えはエミール・クーエに聞いてみてください^^。

自己暗示〈新装版〉エミール・クーエ、C・H・ブルックス


丁度一ヵ月前にクーエのことをブログに書いたのすっかり忘れていました^_^;
良かったら合わせてお読みください。

「~たい」と「~しよう」


移住という選択

ここ最近話題になっている首都圏の地震予測や
帰村宣言がでた川内村の話を目にするたびに

思うことがありました。

「移住」と言う選択について、
「じゃぁ自分だったらできるのか?」と言うことです。


そんなか、93歳で大叔父(父の叔父)が亡くなりました。


大叔父の長兄(つまり私のおじいちゃん)は、

家長として父親と母親、
そしてまだ子どもや少年だった弟たちを連れ
石川県小松市日末と言うところから札幌へ移住してきました。

*今北海道に住んでいる方たちのほとんどは
  2世代3世代前は道外からの移住者なはずです。


一族郎党を連れて、小松市でのすべてをたたみ、札幌に来たんです。
そして銭湯を建て、開業しました。

家族全員が銭湯の仕事を担い。それはもう大家族全てが従業員だったそうです(笑)。


すごく大昔に思えるのですが、たった80年くらい前の事です。

おじいちゃんがどうしてそうしようと思ったかはわかりませんが、
家にお風呂の無い家庭が多かった昔、

銭湯をやって、ハズすわけがないですよね?
なので、時代背景も大きいと思います。

北海道にきて、そこそこ成功した人たちは、故郷の村から知り合いを呼ぶわけです。
知り合いを頼ってきた人はその周辺に住みますし、
自然災害から村を上げての移住をしてきた人びともいて、
今でも札幌周辺では市町村ごとに出身地の偏りがあります。


私がデパートにいた頃、

京都展や江戸老舗よりにぎやかだったのは
「加賀百万石展」でした。

祖父が石川県出身だったことを全く意識してなかったので
なぜなのか不思議でしたが

自分がその催事にはいってわかったことは
「北海道は石川県からの移住者が非常に多い土地」だから、賑やかなんだいう事でした。

年配のお客様たちはそれはなつかしそうに
こうだったんだよ~ああだったんだよ~と
古い話をして行かれる方が多かったのです。

その時初めて、あ!そーか!だからなんだ!!って思ったのでした。


でね。
私が入ったのは老舗の青果やさんで加賀野菜などを持ってくるのですが

そこのおねーさん。つまりは年取った娘さんですが、
なんというか・・(^_^;)プライドが高くて言葉使いも冷たく
はっきりと口には出さないのですが、 北海道の元石川県人に対して突き放すような物言いがありました。

そこに仕事で入った日に無邪気に、「私は祖父が石川出身なんですよ~」と言った時の
そのおねーさんの何とも言えない表情を今、思い出しちゃいました。(^_^;)

「だったらなに?」みたいな・・・。

一緒に仕事をしているうちに、彼女が合間につぶやいた言葉、それは
「食っていけなくて出てった人間のくせに」って、意味の言葉でした。


その時は私、石川県に対して何の思い入れもないし、
祖父は私が生まれる前に亡くなっていて
祖母は横浜の生まれでしたから、何も知らず。

なんとなく「え?うちもそうなの?」と
「食べていけなく貧しい農家」と言うイメージが育ってしまったのですが

それから何年も経ってから、
おじいちゃんは、札幌ですぐ銭湯を開業できるだけの支度をして
石川県を出てきたと知って、何となくほっと・・・(笑)しました。



そして、今になって思うんです。

色んな事情があって、人々は移住します。
昔の日本人も、ハワイへ、アメリカへ移住していき辛酸をなめました。
開拓期の北海道なんて自殺行為でした。


それでも移住した人たちは「故郷を捨てた」わけではないと思うのです。

大叔父たちはいつでも懐かしそうに故郷の話をしていました。

私や父・叔父叔母たちにとってはなんの思い出もない石川県ですが

大叔父たちにとってはいつまでも大切な故郷で
従兄弟や親族が石川県には存在し、年配になってからは
行き来を欠かしていませんでした。


私が、いざとなったら移住できるか?と考えるときに、
今思うのは、話しにしか聞いたことのない祖父の「思い」です。

一族郎党を連れ、石川県を離れた勇敢な祖父
商売を立ち上げ、同郷の人間とのつながりを大切にしていました。


今の日本で
未知の土地へ希望を持って進む、と言う状況でないにしても、

昔、日本人は、移動していました。
日本のあちこちへ、
世界のあちこちへ、

電話もなく、ネットもなく、二度と帰れないかもしれないという状況でも
よりよく人生を生きたいという気持ちに押されて。


そして昔も今も、残った人には残った人の感情が継がれていくのでしょう。
これはそんなに変わらないかもしれません。

出る人と残る人には最初から「考え方の違い」が横たわっているからです。


私は、また日本人が移住を始める時代が来ているよう思います。

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