Aloe*Wing 

全ては綾なすイリュージョン
TOP ≫ ARCHIVE ≫ 2016年04月
ARCHIVE ≫ 2016年04月
      

≪ 前月 |  2016年04月  | 翌月 ≫

シフト4~掌のルチル

さて、図分空いてしまいましたが
その間に大きな災害がありました。

「日常」を愛する私としては、「日常」を(一時)失ってしまった方たちに対して掛ける言葉も見つかりません。
ですので、ご容赦いただこうと思います。

さて掌のルチル

この子です。

1461307693633.jpg

この子を買ったのは横浜駅に近いNadiaと言うお店でした。

私にとって初めてのパワーストーンがこの子です。
計算したらかれこれ18年くらい前でした。

大切に札幌に持って帰り、
うれしくて毎日眺めていたのですが、

ある日掌の上に置いて光に透かして眺めていたところ、
この子が勝手にぶるぶると震えだしました。

声にならない絶叫で^_^;!
なになになに~?!

と叫んでいたのですが、

どのくらいの時間でしょうか、
今覚えているのは一瞬ではなく、かといって長くもなかった。

10秒くらいだったのかもしれません。

何とも表現が出来ない振動で
私の手が震えていたわけでもありません。

振動が終わってもぼ~っとしたままの私に閃いたのは

「同調」
という言葉でした。

この子の波動と私の波動が共鳴して同調した
そんな瞬間だったのでしょう。

それ以降この子は一度も同じことは起こしませんでした。

この世界で証明がつかない事って、やっぱりあるんだなぁ。

そう思った一件でした。








この記事はブロとも、もしくはパスワードを知っている方のみ閲覧できます
パスワード入力
ブロとも申請
フォーエバー会員さん連絡用限定記事 | Comments (-) | Trackbacks (-)

フォーエバー セミナーのお知らせ【限定公開】

この記事はブロとも、もしくはパスワードを知っている方のみ閲覧できます
パスワード入力
ブロとも申請
フォーエバー会員さん連絡用限定記事 | Comments (-) | Trackbacks (-)

フォーエバー的お知らせ【限定公開】

この記事はブロとも、もしくはパスワードを知っている方のみ閲覧できます
パスワード入力
ブロとも申請
フォーエバー会員さん連絡用限定記事 | Comments (-) | Trackbacks (-)

グループの皆様へ【限定公開】

この記事はブロとも、もしくはパスワードを知っている方のみ閲覧できます
パスワード入力
ブロとも申請
フォーエバー会員さん連絡用限定記事 | Comments (-) | Trackbacks (-)

豊かさ

「お金が無い世界になればいいのに」
「お金があるから偏る」

そう思っている人と話をしたことがありました。

悪者は「お金」でしょうか?
違いますよね?

私は人類はお金というものをまだ上手く使った試しの無い未熟なものと捉えています。

まだ一度もお金をうまく使えたことが無い。
それが人類だと。

お金が無い世界を望むのではなく
お金をまがまがしいものと捉えるのではなく
お金と言うアイテムを美しく使い続ける世界を望むべきだと思うのです。

ムヒカ大統領も
皆が清貧であるように、と言っているわけでもありません。
消費を促すことでしか存続できないという流れを修正した方がいいのでは?と言っているのです。

そもそも。お金について未熟である以上、
「清貧」についてはたぶんもっと未熟であろう。と、私は思います。

生き馬の目を抜くような都会での暮らしはもう嫌、
お金に振り回されない人間本来の暮らしをしたいと言って
南の島へ移住した家族を知っていますが、
都会では考えられない土俗の風習と考え方、狭すぎる世間に悩まされ
直すこともできない古い家で身体中を虫に噛まれ
台風になればいつ崩れるか怖くて眠れない
修繕するにもお金がないのです。
自分たちはそれでもいいけれど息子の将来を思えばと
親に孫の大学費用を出してもらい、結局それが挫折でした。

十分に覚悟して決めた事と聞いていましたが
これでは、
どう考えてもお金に振り回されているようにしか見えないのです。

自然は静かなだけではないのですし、
無人島で取れるものだけで暮らす以外、
人は何かを交換しなければなりません、
でも物々交換には限りがあるんです。
なぜか?
食べ物は腐るからです。

もちろん、こういうケースもあれば
しっかり静かに黙々と清貧であるが故の豊かな生活をして行ける人もいると思います。

前者は結局どちらの社会でもこうだったという事だし
後者も結局はどちらの社会でもそうできて初めて適う。と言う事だと思うのです。

私は畑仕事よりやりたいことが人生にあります。
それは自分の魂を発揮させてイキイキとこの生を生きるということです。

なので私にとって豊かさとは自分のしたいことが無理なくできることですし、
清貧とは必要以上のものを欲しがったり持たないようにすることだと思っています。

私がこの世界を去るときに持って行けるものは形の無いもので、
私が感じた「人生の中で味わった豊かな気持ち」だけだと思います。

私は若い時に十分に良く遊び、
従って勉強はあまりせず、
十分な給料と休暇を貰える仕事に就けたわけではないので

そうなると、一馬力でそれも時間給の仕事にしかつけません。
生涯情熱を傾けられるほどの仕事にも若い時は出会いませんでした。

そうなると一日の大半、つまり人生の大半をお金を得るだけの為に使わなくてはならず
それは生き延びることだけを考えても「足りない量」でした。

私は単純に私の人生がそのことだけに使われるのは嫌だったんです。

きっとだからフォーエバー社に出会ったんだなって思います。

今時ネットワークビジネスの会社が「楽して儲かる」だなんて思われているのも心外ですが、
そう思っていた方が楽な方もいるんだと思えば腹も立ちません。

人として未熟であればこの仕事は続きませんし、出来ません。
世界の歩みを見ながら、自分と人類の成熟を目指そうと思わない人には向きませんしね。

私はそこまで考えられる人たちと仕事をしていきたいのです。

私は
その場所その場所に
その人が生まれた理由が含まれているのでは?と、考えています。

静けさも時間もお金で買うようになってしまっている。
私はその世界に生まれてきました。

その中で自分というものを生きていくように
そんな宿題を持ったのだと思います。

理論物理学では
ユニバースと並行してマルチバースと言う考え方が有りますが、

そのどちらだとしても、あるいは両方だとしても、

宇宙がこんなに謎を問いかけるのは
私たちをどこかへ誘っていきたいからだと思うのです。

どんな生活をしてもそれを知っていることが大切。

そう思います。



シフト3~ハンドルを切ったのは誰?

今回一連のタイトルを「シフト」としている理由、

それは。

人は実は何度も死んでいるかもしれない。
その都度、違う層へ「シフト」し、人生が継続しているように思えている

・・・かもしれない。

と、考えているからです。


大昔は
死んだらどうなるんだろうか?
何も無くなるなんて信じられない、
きっと姿の無い思考(霊)だけが残るのでは?
その思考が大気中の何かを利用して形になるとき
幽霊のように目やレンズに映るのだろう。

そう考えていました。

というか。。。その当時は
この世界のものではないものを見たことがあるとか
確かに感じたことがあるので、
そういう理解に及んだ。

と言う事なのですが、

例えば目で見えたこの世界のものではないものや人は
私の眼にはすべて
「てらっと濡れたビニールっぽく」見え、
それが動くときは
「BSが変な時のようにモザイク状に」見える。

いつも見えたり感じたりするわけではないので、
人生の中で5回くらいそう言うのを見たり感じたりした。

と言うだけの事ですし、
テレビのように何度もアプローチが掛るようなものでもなく
あまりにもさりげないので、後から「??え?」とか、が多いのです。

話しがずれそうなので(笑)
\(・_\)ソノハナシハ (/_・)/オイトイテ

前世の記憶が脳にあるとか
雲の上から、お母さんの所へ来ようと思ったの。とか
意識体が戻る場所があってそこからまたやって来る。とか
説明のしやすい状況が起きているんだろうと、考えていました。
*私にもこの世界では説明のしきれない古い記憶があるからです。

でも、そこから色々と変化してきて
つい最近まではこう考えていました。

やっぱり自分にとっては、死の向こうは本来の「無」なのかもしれない
それは、夢を見ない眠りが「無」であることと同じに。
時間もなく、体も無く、よって「無であること」も無い「無」。

まぁ、でも 
私はまだ死を体験したことが無いわけで、
その時にハッキリわかることを
別に今あれこれ追求しなくてもいいや、時間の無駄だな。

と思うと同時に
あちらが「無」だとすると、こちらは「有なのか?」
そもそもがこの世界はそのように相対的に存在するのか?

なんて考えてしまって、
最後はこう思うのです。

あははは。どっちでもいいけどきっと、
私はそんなこと考えたりしたくて今ここに生まれてきたのね~☆ヽ(▽⌒) って、
どっちでもなんでも、結局は構わない。

しかし、近代の電子的ネットワークのすごさで
わたしは画面から「リアルに」人が巻き込まれるようなものを
視られてしまう時代に移行してきていました。

それらを見るほどに、
「見ている自分(第三者)」であることが不思議になってきました。

つまり、一度も自分が当事者ではない事は何故なのか?
を、考えるようになってきたのでした。

いや、自分は大きな事故、災害の当事者である。
そう言う方もいるでしょう。
でも今これを読めていますすよね?
あなたは「生きて」いるし、
これを書いている当事者でもない。

人は自分の人生においてのみ当事者であって、
目に見えているすべてのものに対しては「第三者」であるだけのこと。

それが、
この世界をイリュージョンとして「個人が持ってるもの」と、
考える理由になりました。

だとすると、
イリュージョンの中に死が存在するのも変だな。
何かしっくりこないな。
まぁ、いいか、そのうち何かが答えをくれるだろう。

そう思っていました。(いつもの事なのですが(笑))

ああ、長い。。。^_^;
タイトルの話にこれではたどり着かない(T^T)

どうしようかな~と思いつつ、このまま進んでみます。

で、先月その答えを貰いました。
えっと、お名前を出してもいい話なのかが分からないので
ここでは伏せておきますが、

「地球にはね人類が絶滅するような危機は沢山やってきているし、実際に何度も滅亡しているよ」
「東北の震災もあれによって(連動し)日本はいったんすべてがダメになった、でもその瞬間に一斉に人類はシフトを変えた。」
「この世界はずっと意識体が一斉にシフトを変えていかにも継続しているように感じている」

(゜ロ゜)キャー!!答え貰っちゃった!!

そう私は思ったのです。

で、タイトルの話がようやくできます^_^;


私はこの体験が、いつの事だったか
その時車は何だったろうか?考えてみたのですが分らず。
ただ、神対(を読んだ)以降だとおもうので、16,7年前くらいとしておきます。

その日私は現在の家へ戻るところで
車は36号線を千歳方向へ向かって走っていました。

みぞれ交じりの雪が降り、路面はシャーベット状でした。
シャーベット状というのはその上でタイヤが回るだけになってしまうので
とてもハンドルの効きづらい路面です。

東豊線月寒中央駅のパンやのHOKUOのある、水源地通りとの交差点。
事はそこで起こりました。

歩行者用の信号が点滅しだしたので、少しだけアクセルを踏みました。
*そんな路面で強くアクセル踏むバカはいません。

そこに対向車線から右折を掛けてタクシーが曲がってきたんです。

ええ?と思いながらもそのタクシーが曲がって通り過ぎるながれだったので
少しブレーキを踏みました
*そんな時に強くブレーキを踏むバカもあまりいません。

ところが歩行者用点滅してもう赤になっているにもかかわらず。
渡ろうとした自転車が入ってきてタクシーは通り過ぎるはずだったのに、
私の車の進行方向の先で停まってしまいました。

「!!!!!!」
もちろん言葉もありません。
タクシーの後部座席のお客さんの恐怖でひきつった顔が私の眼の中に飛び込んできました。

もう、全てがコマ送りです。

右にハンドルを切れるか私はバックミラーを見たと思います。
そこまでしか覚えていません。

そのとき、ハンドルがだれかに持たれた。ように感じました。
少なくともそんな風に私はハンドルを切った覚えがありません。

車は綺麗に横に「U」の字を書くように、タクシーをかわしました。

右にずれて右車線に入ったのではなく、
横Uの字で右にかわしてすぐ左車線に戻ったんです。

私の身体は車の中で振り回されました。

「なに?今の何?」

タクシーにぶつからなかったことより、
何故勝手に車のハンドルが切れたのか?
もう頭がパニックで、

その後に今起こったことのショックで全身が震えて、
運転が危険と思い、その先のパチンコ屋さんの辺りで車を停車しました。

落ち着いてから家に帰りましたが、

自分の身体の振り回されようは
自分がハンドルを切ったのでは起こらなかっただろうという事。
シャーベット状の道路であんなに綺麗に横Uの字は切れないという事。
間近に見えた後部座席のお客さんの恐怖の顔。

ともかく、
私は助かっている。
神様がハンドルきってくれたの?
私があなたがいることを信じているから?

そんな風に考えていました。

何が起きたのかはわかりません。

そんなの錯覚だったんじゃない?と言われたら
絶対違うとも言い切りません。

でもそのときに考えた3次元的な
「神様が助けてくれた」と言うことは
もっと高次元の現象だったのではないか?
と、考えだしていたのは近年でした。

そこに、その「シフト」の話がぱきっとハマったのでした。

つまりそこで事故を起こして、
・死んでしまった私の人生の終わり
・死にはしなかったけれど死なせたかもしれない人生
・死にはしなかったけど大きな障がいを残した私

色んな次元があって、

私は見事にかわした方の人生の続きへシフトしたのかもしれない。

と言う事です。

では、考えうる他の次元のわたしは今どうなっているの?と聞かれれば
それはもう私ではないのでわからないとしか言いようがありません。

このような事をこのような解説で書きましたが、

私の人生の中では、
私が思ったり、考え至ったりしたことは逐一、
その後に本の中や他の方の文章の中に
ほらね。と言う状態で見つける仕組みになっているようです。
今まで100%がそうでした。

きっと私が書いたことで、それもやって来るでしょうし、
そう考えていたのでシフトの話しがやってきたのだなって思っています。

ああ、すごく長い話しになってしまいました。
読んでくださった方ありがとうございます。


このハンドルを切ったのは誰的な話を一度書いたことがあるような気がして
ブログ内検索を掛けてみました。
ありました。
そこでも今日の上の話と同じような事をくどくど書いていて^_^;
自分で呆れました。
読みたい方はどうぞ2011年12月のブログです。
http://mayoone.blog96.fc2.com/blog-entry-513.html

シフト2~天使の名前

先週、神戸空港に向かう飛行機に着席し、滑走路へと飛行機が移動する前の事です。

あれ?なかなか動かないな。
なんて思っていると
爆音が聴こえてきました。

ああ、自衛隊機の発着ね。
新千歳空港は航空自衛隊と隣接していて、
いつも爆音の後ろからすごい戦闘機が現れるのです。

で、その時も
全身を包むような爆音の後から、
目線から少し上を平行に飛ぶ戦闘機が見えてきました。

うわわ、さすがにすごい音!と思ってみていると
いきなりそこからほぼ45°の角度で上昇したのです。

目がまんまるになってしまいました。

ええ?そこから45°??
なんなの?すごい!

機内の右側席の人たちからも声が上がっていました。
うわ~~!すごい!
あんなに一気に飛行機って上がるモノなの?

私も、
あの角度って、いったいどんなGがくるの?
っていうか、
戦闘機ってあんなふうに上がることができるんだ。

あっという間に見えなくなった戦闘機、
その後に同じく2機が現れ45度の角度で空まで一直線に上がって行きました。

本当に単純にカッコイイ!と思いました。

それが見えなくなって、私の乗った飛行機はようやくスポットを離れたのですが、

今見た戦闘機の姿に私はこう思いました。

なるほど、人間はあれを作りたかったのね
あれを作るために戦闘が必要なんだ。

そうか、人類は何かをこの世界に創り上げたくて
戦闘と言う事象を必要としていたんだ。

*戦闘にまつわる「命」とう部分については私にはまた別の見解があります。

戦闘の無い世の中ではあれが作れなかったんだろう。
そう思ったのです。

戦闘機の技術を作るために戦闘が必要であったように

私たちは何かを創り上げたりするためにそれに対する色々な事象を
わざわざ作っているのだという事について

ほらね。

と見せられた。ということです。

この世界はそんな風にできていて、

人は想像したものを創造する質を持っています。

人は創造(クリエイト)するために想像(イマジネーション)し、
想像(イマジネーション)をつくるためにあらゆる事象(イベント)を起こすのです。

一昨日の話も今日の話も
それらがイマジネーションでありイベントだったのでしょう。

だから、一昨日と似たような話しなのですが、
今日の話も私には忘れられない出来事となったのです。

ある日の午後、私は売り場に立って、
そろそろ夕方の準備に入らなくちゃな、と思っていました。

エスカレータから降りてくる人々の流れをを見やりながら

私はいつまでこうしているんだろうか?
どうしてここにいるのだろうか?
ここから出ることができるのだろうか?
その時期私はずっと自分を憂いていたのでしょう。

そして、ため息をついて、こう思いました。

「もし私も天使に守られているのだとしたら、貴方の名前を今すぐ教えて」

*これは一昨日の神様の話とまったく連動していなくて
あれがあったからとかこれがあったとかと言うのはありませんでした。
時間的に実はどちらが先だったのかも覚えていません。
これも軽い気持ちでした。

そう思い振り返ったところに一組の母娘のお客様が立っていました。

なにがいい?

う~ん、これは?

それは昨日たべたじゃないの。

ああ、そうだよね~。

何気ない母娘の会話に、
母を早くに亡くした私は
いいな、羨ましいな。そう思っていました。

購入するものが決まり
ありがとうございます。
と、包装するためにその商品まで手を伸ばしたところで
その娘さんの肩にかかっているブティックの大きな袋が目に入りました。

それは見た事の無いロゴのお店の紙袋でした。

どこのブティックだろう?
こんなのあったっけ?
そう思ってなにげなく英語で書かれた大きな黒い文字を先頭から読んでみました。

GA(ガ
B(ブ
RI(リ)
EL(エル)



Gabriel
ガ・・・ガブリエル?!!

(・o・)。。。


神様もガブリエルも今考えてみれば

そうやって姿や名前を教えて私を励ましてくれたとしか思えません。

見えない力を信じることで、わたしは人生を変える勇気を持てました。

そこにいなくていいんだよ。
もうそこでの仕事は終わっているよ。
次の世界へいくんだよ。

そう教えてくれたのです。

それと同時に、
当時苦しかった私の心は
助けを求め本を読みましたが、

その苦しさこそが
今の私になるために
私が生み出したものだった。

そうも言えるのです。

どちらか、ではなく。
両方が。

プロフィール

mayo

Author:mayo
アロエベラと潜在意識

お薦めブログ
attention
当ブログの写真・文章の一切の転載をご遠慮ください。
Powered