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なぜ私はアロエベラに出会ったんだろう 10

アロエベラジュースを飲みだして、2週間ほどたったころ
Cちゃんからこんな電話がきました。

「酒井さんってすごいおじさんが
札幌で講演をするから絶対行って!」

正直嫌だったのですが、
大学への通り道にあるホテルだったことと
その午後が珍しく空いていたことから
腰をあげました。

きっとギラギラしたおばさんとおじさんが大勢。

そんなイメージだった私は会場で
全員「世話好き」な感じのおばさまたちに拍子抜けします。

そしてもっと意外だったのが、
ステージに現れたそのおじさんが
とても静かに「潜在意識の話」を始めたことです。

当時そういったスピ系の話は私たちも、こそこそとしているような情勢だったので

会場いっぱいの年齢の高いおばさまたちがそれを熱心に聞いていることに驚いたのです。

こんなところで、
こんな話を、
これだけ大勢の
こんなおばさまたちが?

そう思いました。

そう思いながら私は必死で思い出そうとしていることがありました。



それは、講演が始まる前に渡された赤い手帳と

前の席のおばさまたちの会話でした。

「あら~!○○さん素敵な赤ね~そのジャケット!」

「うふふ。私『赤』は一番苦手なんだけどね、今日は赤って思ったのよ~」

その言葉を聞いたとたん
私の全身が反応しました。


「!!」なんだったっけそれは、

赤、赤、赤、これは重要な事。

このセリフを私はどこかで聞いた

しかも私にとってとても大切なことだ。

なんだっけなんだっけなんだっけ?



私はその疑問を抱えながら講演を聞いていたのです。
それくらい思い出せないものでした、


「私、『赤』は一番苦手」

「私、『赤』は一番苦手」

「私、『赤』は一番苦手」

はっ!!!!!

あれだ~~~~~!!

30分くらい苦しんで私はようやくそれをひねり出しました。


私はなぜアロエベラに出会ったんだろう 6で書いた中野裕弓さんのセミナーで私はこんなセッションをやりました。

ネイティブアメリカンが使う「トーキングスティック」を
向かい合った二人で両端を握り

お互いに共通している深層意識まで下がっていって、
そこに見えたことを相手に伝える。

伝えられたその言葉は「紙に書いて忘れること」と、

「忘れるまで」がそのセッションの内容でした。

私は見ず知らずの女性と組み、
お互いに静かにその意識の底を見ようとしましたが、
うまくできたかはわかりません。

わたしはなにかその時に動物に関することが見えてそれを伝えたと思います。

その女性は私にこう言いました。

「はっきりしたものは見えないのですが、とてもきれいな、濃いのに透明な赤が見えるんです。」

「すごくきれいな赤です。ごめんなさい、それくらいしかわからなくて」


それで私はこう答えてしまっていました。

「赤ですか~私赤は一番苦手な色で~、でもわかりました。
この次それに出会ったら必ず手に取りますね」


手に取るって。。。
言っちゃった。
言っちゃった。
言っちゃった。

それにしても「脳」はすごいです。

ちゃんと忘れてるんですから。
そしてちゃんと呼び戻すことができる。

そんなわけで私は手の中の赤い
「宇宙への広告」と書かれた手帳を

丸ごとすっぽりと受け入れるしかありませんでした。


なぜ私はアロエベラに出会ったんだろう 9

人生初めてのアロエベラジュースの黄色いボトルは

私の誕生日に届きました。

望んでいたものではないものに
なぜだか祝福されているように感じ、
奇妙な感覚でした。

今考えるとそれは
「ズレ」
時間や、場、生きる意味合いが
ひょいと断層を見せたような瞬間

あの時それを迎えたんだなぁと
今なら言葉にすることができます。

さて、さすがにマユツバと思ったCちゃんのこの言葉

「大丈夫まよさん!アロエを飲むお金はアロエが運んでくるから!」

これが現実となります。


届いたアロエベラジュースを冷やしもせずそのまま味見して
私はこう思いました。

「太陽の味、日向の味がするわ~♡」

ここでどうしてもお伝えしたいことがあります。
私の飲んでいるアロエベラジュースは飲む人一人一人が違う味を感じます。
それはアロエベラジュースのせいではなくもともと皆さんが一人ひとり違う舌を持っているからです。

普段「このケーキおいしいね!」と笑いあっても本当はそれぞれに違う味を味わっています。
濃厚なクリームとか砂糖の元ではその差があまりつかないことがあるかもしれませんが

植物そのままのアロエベラは並みいる植物の中でもその違いが本当に(たぶん世界一)顕著です。

「この味なのに平気?」と言われることや、「酸っぱいけど、すっとしておいしい」と言われることもあって
最初私は混乱しましたが、年を経るごとに、そういうことなんだ!と気が付いていきました。

また、少し続けると舌も慣れてくるのか体が変わるのか最初の味とは全く変わって感じるようです。




てっきり「すごく苦いもの」と思っていたからでしょうか?
たったお猪口一杯程度のアロエなのに
量に反して、すぅぅっと「全身」に太陽の味が染みこんでいく感覚になり

「おいしい」と思いました。

とはいえ、Cちゃんのためにこれのアラさがしの気持ちが大きい私だったので。
この一本は自分だけでのもうと決めて冷蔵庫に入れました。

そして何も変化がなかったことを証明しようと思っていたんです。

考えたら1本(当時は2リットルボトル)でどうこうとかいう考えって無茶なんですよね。

「体の自然に任せて足りないところを補い」
「今ある身体とともに新しいものを作っていく」

それがアロエベラジュースの仕事ですから。

でも当時の私は
「何も効果がなかった」「私には不必要」とそう思いたかったんだと思います。


毎日冷蔵庫からボトルを出して、60cc(ひと月2リットルの計算なので)を量り
飲み始めて1週間くらいだったと思います。

ドアチャイムがピンポーンとなりました。

インターフォンを取ると知らない人です。

どんなご用件でしょうか?と尋ねると

「お宅の横の土地を駐車場に貸してもらえないでしょうか?」という話です。

今でもその方どこの家の方かわからないのですが、
家族が増えて自分の家に停めきれなくなったので、とのことでした。

それまでも10年くらい住んでいますがそんな話は初めてでしたし、
うちじゃなくても空き地がたくさんあるんです。
ただ、新車を買うので駐車場の証明が欲しいということもあって訪ねていらしたんですね。

そんなわけで、月の駐車場料金を他に合わせて7000円と決めました。

2リットルの定価には追い付きませんでしたが
すごい!アロエ!爆

結局このシンクロは長く私(の購入)を支えてくれました。


ボトルに巻き付くように同封されていた「登録書」。
登録しろってこと?

でもまぁ、営業所というのも知った住所だったこともあって
この会社を見に行くいい機会。そう思いました。

営業所は非常に事務的な事務所で、
わけのわからない私にとってあっさりとした印象でした。


それと同時くらいに起きたこと。

それが、酒井満さんの講演会での人生を左右するシンクロでした。

やっぱりね~ずっと、こうしたシンクロに導かれているんです。


なぜ私はアロエベラに出会ったんだろう 10に続く

なぜ私はアロエベラに出会ったんだろう 8

すごいですね。

「なぜ私はアロエベラに出会ったんだろう 7」を書いたのが
2010年12月。。。

かれこれ6年経っての続編です。

なぜ6年経ったかと言えばこの辺りからわたしは「自己流点描曼荼羅画」を描くようになったからです。

それが現在の「宙を奏でる点描曼荼羅画講座」
ネット講座で始めて、
全国にプラクティショナー(講師)を輩出し
社団の代表になりました。

しかしこれも
アロエベラのご縁からであって、

それがなければ私はどこかで点描画を見かけても
「うわ~無理っ!」って叫んでいたことは間違いありません。

7を描いていた2010年の私にこういいたいです。

ちょっとあなた!流れに身を任せていたら大変なことになったわよ!って(笑)

ということで話を戻したいと思います。

***********

その当時テレビショッピングを見てはあれこれほしいという父親が存命中でした。

そんな父はCMに影響されて「青汁」を買ってくれと言います。

どうせすぐに飽きるので放っておいたのですがあまりにしつこいので

大学生となりPCに首ったけの私はその日、

ネット検索をして父に飲みやすい青汁はないかと探していました。

*父は好き嫌いが異常に激しいのでせっかく買っても一回で「いらん」と言いかねないのです。


そんな時に「電話」が鳴りました。
懐かしいですね~「イエ電」です。

電話に出てみたらそれはCちゃんでした。

私はたぶんその時初めてCちゃんの声を聴いたのだと思います。

確かに電話番号は伝えたことがあったと思いますが
かかってくる用事があるなど思わなかったのでとても驚きました。

嬉しかったのと、あれ?!どうしたんだろう?というのが一気に押し寄せましたが

そのあとのCちゃんの言葉が私にとって一生を左右するような言葉になるとは
その時は思いもよりませんでした。

Cちゃんはこう言ったのです。

「まよさん、アロエベラって知ってる?」

そのあとのやり取りはぼんやり覚えている程度ですので書きませんが

とにかく当時の私には「天文学的に高い」と思ったのと

Cちゃんはきっとその会社に騙されている。と思ったことを覚えています。


同時に私の頭の中では

青汁を探しているこのタイミングで同じ植物のジュースのお勧めってなに?このタイミング!

というシンクロも、テロップのように流れていました。


それでどうしたかというと、

根がまじめな私はこう考えました。

知りもしないでそういった販売方法のものだからと言って毛嫌いをするのであればそこいらの人と同じ、
一本だけ飲んで、続けられない理由を作ろう←(結局そこいらの人)

Cちゃんが騙されているなら何とかして助けてあげたい(当時は「いい人」志向、今では余計なお世話)


それでもこの言葉だけはさすがに「Cちゃんそれはさすがにマユツバもいいとこ!」と思いました。

「大丈夫まよさん!アロエを飲むお金はアロエが運んでくるから!」


・・・ところが、それ本当になってしまったのです。


なぜ私はアロエベラに出会ったんだろう 9 へ続く

イフンケ(子守唄)

facebookでちらっと書こうと思ったら
思わず長くなってしまったのでこちらで。

41歳で大学生のころ、
北大を退官されたF先生の講義を取っていました。
半期で2冊の本を読み、
それについて話をするという講義だったのと、
F先生が緩いので
単位は必ずもらえると聞いたからです(;^_^A

しかし私以外にその講義を取ったのは
遊び盛りの男子2人で、
その子たちはすぐに出席しなくなりました。

当時70歳を超えたF先生と41歳の私は二人きりになったのですが、
話も合い、世界情勢から先生の小さなときの話と、私にとっては楽しい時間でした。

そんな中で忘れられない話があります。

先生のお父様は釧路方面でお医者様だったので、アイヌの人たちのことも気にして診てらしたという話です。

「何度かどうしようもない時に、いろいろな土地から彼らは父のところへやってきていた、
彼らはお金がないからわずかな食料を持ってきたんだな、
父はそれがとても貴重なものだとわかっているから、
お金はいいから持って帰るようにというんだが、
彼らはガンとして聞き入れないんだ。とても誇り高いんだよ。」

「治療をして薬を持たせ、薬がなくなったらまた来るように言うんだけれど、だからと言ってきたことがない。
自分たちの薬を使ってよくなったのか、それとも駄目だったのかもわからない。それを父は気にしていたんだ。」

「ある猛吹雪の夜、病人を乗せたそりを馬に引かせて診てもらいに来たアイヌの男性がいて
どうしてこんな猛吹雪の日に道もないところを来られるのか僕はいくら考えてもわからなかったよ。
灯りもないんだよ。彼らには何か特別なものが見えていたのだろうかと今でも思う。
特別な能力だよあれは。。」

F先生の脳裏にも私の脳裏にもそれぞれに、吹雪にかき消されていく馬とアイヌの人の頼もしい後ろ姿が浮かんでいました。

「先生、私横浜に住んで驚いたことがあります。
すごくアイヌの人が多いんです。
考えたら私が小学生の時中学生の時数人はアイヌの血を引く人がいたけど
大きくなるにつれてみなくなったと思っていました。
なので、ああ、そうか、北海道にいればすぐにわかるけれど関東ではわからないのかもしれないなぁって思いました。」

「やまだ君、そうかい、僕はそういうのは初めて聞いたよ。
つらい話だけれど、僕も、かろうじて君もアイヌの人たちがどんな風に扱われていたかを知っているから、あれだね、
少し楽になったんじゃないか?ってホッとするね」

「で、職場にもいてその人とちょっと仲良く話せたなと思ったときにふと、ご親族は北海道ではないですか?と聞いたら、
きょとん!としてものすごく自然にもともと横浜生まれ、母も父も、といったんですよね。
そんなはずはないと思いましたが、その明るいさまに、ひょっとしたら本当に知らないで過ごしているのでは?と思えました。
それはそれで、だとしたら残念なことではないか?と思ったんです。」

「そうかい、まぁ真実は分からない話だしそれはやまだ君が考えることではないな。
彼らの誇り高さがどこかで必ず理解されると僕は思うから
それまでは仕方がないことだと思うよ」

そんな風に先生はおっしゃったのでした。

先生は私が卒業した年に退官なされ、それから間もなく亡くなったと聞きましたが

私は今でも小さな教室のあの時間のことを懐かしく思い出します。

2001年 911が起きた年の秋でした。

そんなことをふと思い出したのはこの子守歌を知り


この方のお話をよませていただいたからでした。
http://www.frpac.or.jp/about/files/sem1805.pdf
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LOVE、MEDICINE&MIRACLES~「奇跡的治癒とは何か」

シンクロと直感がいつでも
潜在意識への入り口

またしてもそう思う出会いの本。


書かれたのはもう30年も前
一つ一つの文字やエピソードが
著者の手によって生み出されているその時間

私はなにをしていただろうか?と遡ってみれば
真正面から人生に苦しんでいた時期。

そしてその時に読んでも、
私には今の10分の1も理解できない内容だったと思う。

仕方ないのだ。
私にはその経験が必要だったとしか思えないし。
それがあったから私はいま幸せである。

ではもう一度できるか?と聞かれたら
速攻却下で裸足で逃げる。

現役の外科医として著者がたどり着いた手法は
結局、外側に現れている病気は
本人もわからないほど奥深くの
本人の欲求によるのだということと
そこに光を当て外側に出してあげないと病気は治らない
ということだった。

すべてをうなずけて、
自分がこの本を読むタイミングが来たのだと思わせてもらった。

何度も書いているけれど。

私は自分がたどり着いた大きな結論があるとき、
それはその直後に読む本によって、
全肯定してもらえる。
必ず。
だ。

というか、
そういう本がいかにも昔からあったかのようにして
私の目前に生まれるのだと思っている。

今回の件もそう。。

「奇跡」の定義って何だろうか?とふと思った私は
目の前のキーボードをこうたたいた

「奇跡とは何か?」

すると、辞書サイトより先に
この本が数件上がってきた。

「なにこの本?」
と思ったと同時に
私の直感は「これ!」と言う

このときの私は(後出しじゃんけんじゃないけど、)
自分に起きた病についてこうした結論に至っていた。

「あきれるほど単純に病は生まれる」

なので、奇跡的治癒というものがあれば
その単純な仕組みに類するものなはずだ。
直感はそれを教えてくれてるのかもしれない。

****ちょっと脱線****
私はその本のレビューを覗いてから購入ボタンを押したのだけれど
読み終わった今、
そのレビューを見て、
本当に面白いと思うことがあった。

7人中6人が☆5つ
1人が☆4つ
この1人の人のレビューが
本の中にある治らない人の典型的なパターンだからだ。

読んだからレビューを寄せているのだけれど
そもそもが「読めていない」。
それが自分でまるで分っていないのだ。
************

結局「奇跡」の定義については興味がなくなった。
もともとそんなに興味がなかったというのがこれでわかる。
奇跡とは奇跡だから。

この本は皆さんには関係ないかもしれないが
私にとっては、
新たに横たわる自分を掘り出すような問いかけに満ちていて
私のためだけにその単純な問いかけをしてくれている。

スコーン!っと、
だるま落としの中段が抜かれてあらわになったかのような。

そんな恥ずかしさを超えて、

この本が誰かの役に立つのであればと思って
これを書いている。

口が言う望みと
腹の底が持っている望みはあからさまに違う。

口が言うことと取り巻く現状が違う場合は簡単である。

「取り巻く現状」
それがその人の腹の底の望みだとしかいいようがないからである。

あきれるほど単純に。
それに気が付けば改善は簡単で

潜在意識は自由に動かせるようになる。
これが鉄板だ。

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自然の力と私たちのこと

よくもまぁ、こんなに耕したものだ、と
郊外に出れば私はいつもそのことを思います。

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よくなろう。
よくしよう。
ここに苗や種を植えて金色の麦の穂や青々とした野菜が生ることを夢見なければ
それはなしえなかっただろうと。思うのです。

木を伐り、根を掘る、
広く手入れされた土地を見るたびに
その一本一本の作業に思いを馳せてしまいます。

今回初めて知床まで旅をして
北海道を横に一往復したのですが、

北海道はあきれるくらいに広く
先人たちのした仕事のすごさを
また新たに思い知らされました。

だというのに

台風が3つやってきてあふれた川は濁流となって
湖も決壊し、
水は今ようやく引いたばかりの中を私はいくのでした。

たまねぎはその姿をさらし
トウモロコシは倒れ
根から崩れた木が横たわり

丹精込めた仕事を思うと胸が痛みました。

帰り道、空はまた機嫌を損ね次の台風を呼び込みます。
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網走湖はいまだにあふれんばかりでしたし
細い川も太い川も
ふちを削り広がり蛇行し
折れて流れてきた木がまた流れてきた木で重なり、
行き場所を失った水がどれだけ暴れるのか?

ここにまた台風が来ませんようにと
せめてもう雨は降りませんようにと

そう願うことしかできない帰り道でした。

結局、数か所に集中して豪雨となり
氾濫した川に畑も家も道路も流されました。

自然はいつもこうだった。
今まで何度もこうした思いをしてきたけれど
さすがにこれは。

と絶句する姿に、かける言葉もありません。

こんなひどい目に合うなんて
何をしたというのだ。
なにが悪かったのだ。

きっとそう思っていると思います。

しかし、地球は結局いつもそんなものです。
安定など今までにもなかったのだと思うのです。

私たちは少しの間、ここに住まわせてもらっている存在なのだと。
その謙虚さの中でしか生きられないのだと思います。

食べるものはいずれすべてに影響します。
だから、私たちはそこにまた苗と種を植えるでしょう。
都市部にいれば違う労力を差し出すことになります。

その単純さの中に生きているのだと思うのです。

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