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イフンケ(子守唄)

facebookでちらっと書こうと思ったら
思わず長くなってしまったのでこちらで。

41歳で大学生のころ、
北大を退官されたF先生の講義を取っていました。
半期で2冊の本を読み、
それについて話をするという講義だったのと、
F先生が緩いので
単位は必ずもらえると聞いたからです(;^_^A

しかし私以外にその講義を取ったのは
遊び盛りの男子2人で、
その子たちはすぐに出席しなくなりました。

当時70歳を超えたF先生と41歳の私は二人きりになったのですが、
話も合い、世界情勢から先生の小さなときの話と、私にとっては楽しい時間でした。

そんな中で忘れられない話があります。

先生のお父様は釧路方面でお医者様だったので、アイヌの人たちのことも気にして診てらしたという話です。

「何度かどうしようもない時に、いろいろな土地から彼らは父のところへやってきていた、
彼らはお金がないからわずかな食料を持ってきたんだな、
父はそれがとても貴重なものだとわかっているから、
お金はいいから持って帰るようにというんだが、
彼らはガンとして聞き入れないんだ。とても誇り高いんだよ。」

「治療をして薬を持たせ、薬がなくなったらまた来るように言うんだけれど、だからと言ってきたことがない。
自分たちの薬を使ってよくなったのか、それとも駄目だったのかもわからない。それを父は気にしていたんだ。」

「ある猛吹雪の夜、病人を乗せたそりを馬に引かせて診てもらいに来たアイヌの男性がいて
どうしてこんな猛吹雪の日に道もないところを来られるのか僕はいくら考えてもわからなかったよ。
灯りもないんだよ。彼らには何か特別なものが見えていたのだろうかと今でも思う。
特別な能力だよあれは。。」

F先生の脳裏にも私の脳裏にもそれぞれに、吹雪にかき消されていく馬とアイヌの人の頼もしい後ろ姿が浮かんでいました。

「先生、私横浜に住んで驚いたことがあります。
すごくアイヌの人が多いんです。
考えたら私が小学生の時中学生の時数人はアイヌの血を引く人がいたけど
大きくなるにつれてみなくなったと思っていました。
なので、ああ、そうか、北海道にいればすぐにわかるけれど関東ではわからないのかもしれないなぁって思いました。」

「やまだ君、そうかい、僕はそういうのは初めて聞いたよ。
つらい話だけれど、僕も、かろうじて君もアイヌの人たちがどんな風に扱われていたかを知っているから、あれだね、
少し楽になったんじゃないか?ってホッとするね」

「で、職場にもいてその人とちょっと仲良く話せたなと思ったときにふと、ご親族は北海道ではないですか?と聞いたら、
きょとん!としてものすごく自然にもともと横浜生まれ、母も父も、といったんですよね。
そんなはずはないと思いましたが、その明るいさまに、ひょっとしたら本当に知らないで過ごしているのでは?と思えました。
それはそれで、だとしたら残念なことではないか?と思ったんです。」

「そうかい、まぁ真実は分からない話だしそれはやまだ君が考えることではないな。
彼らの誇り高さがどこかで必ず理解されると僕は思うから
それまでは仕方がないことだと思うよ」

そんな風に先生はおっしゃったのでした。

先生は私が卒業した年に退官なされ、それから間もなく亡くなったと聞きましたが

私は今でも小さな教室のあの時間のことを懐かしく思い出します。

2001年 911が起きた年の秋でした。

そんなことをふと思い出したのはこの子守歌を知り


この方のお話をよませていただいたからでした。
http://www.frpac.or.jp/about/files/sem1805.pdf
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