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十九社(じゅうくしゃ)

日もすっかり短くなって、山に雪との便りが来ました。

私も11月にまた年齢を重ねますが、
その前に一つ大きなイベントがあります。

昨年、猛吹雪のために行くことができなかった
出雲大社へ参詣するのです。

そして、「そのためか!」と思う
大きなお別れが二つ訪れました。

考えてみれば、
聞こえてきていた
「身一つで来い」とのささやき。
あれはこういうことだったんだ。

立て続けに訪れたそれは、
わたしが何を求めていたのか教え
その成就と次のシフトを教えたのでした。

そもそも昨年出雲にたどり着かなかった時

今年じゃない?と考えた私は
翌年(つまり今年)が「9」の年であることに
気が付きました。

「9」は、すべてをいったんたたむ(終わる)年周りであって
物事が一定の成就を迎えることも意味します。

なので、「9」の年に来いとのことかもしれない。
そう考えました。
*同時に違う意味もあったようですが、

enmusubi.jpg

言わずと知れた縁結びの神様が
身一つでと言われるにはわけがあると思っていましたが、

まったく「そうきたか!」という出来事。

そもそもすべては私が決めて選んでいるわけですから。

私の胸の感情が悲しくても
その奥深くが晴れやかなのは納得がいきます。

お互いに
もっと軽く、もっと高く。
そういうことなのでしょう。

出雲大社の本を読んでいて
東西の十九社(じゅうくしゃ)の意味を知りました。

どちらにも19の扉があって
そこから入って神様はお休みになるのですが

神様は八百万(やおろず)
扉の数が足りません。

これはその昔
19という数が無限大を示していたから

なぜかというと
19の「1」は全ての始まりの数字であって
「9」は最後の数字だから
最初と最後の数字を一緒に用いることで、
「無限大」と表現したのだというのです。

細長いこの建物に東西に分かれて
400万ずつ(笑)が、
だから、悠々と入るのですね^^

「9」の成就の年に呼ばれる理由と
「身一つ」の意味が分かって

どんな別れだといえ
わたしはずっと
その魂の成功を祈っていたわけですから

これでいいのだと

9年ぶりの9の年に感謝しかありません。
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