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うさと

今日は監査、時間がないのにこれを書こうとする。


お友達がうさとを着てこの世界を旅立った。

私はうさとを着なくなって久しいけれど、そうか、と思う。

着なくなったのは私が「動」をしたいと思って
「静」のうさとと波長が合わなくなった。

というか、動きづらく感じたから。だ。

ただ、大切に取ってある。

身に着けたときのあのじんじんとした波動がなくならないように
洗濯は天然塩だけで静かに洗う。

植物の色。
紡ぐ手。
土地の風。

うさとにはそういうものがある。


以前目にしたブログで、

すぴりちゅあるにかぶれて、
うさとを着てその気になったけど
それは違った。

実際には自分には何も感じなかったし
すぴってのもそういうもの。

と書いていた人がいた。

まるで、自分がかぶれたすぴの象徴のように。
邪魔者扱いだった。

何にかぶれようといいけれど。

それにかぶれたのも
かぶれたじぶんにきづいたそのきづきも。

どちらも違う。

あの布の波動に気が付かなかった浅さなのだと思う。

*わからないことが浅いのではなく
自分がわからないことを自分の範囲で決めてしまう浅さ。


私が着なくなったもう一つの理由に

それを扱っていたお友達が
見えないものと戦って「壊れた」から、というのがある。


でも、神宮の横のあの建物の中で、

彼がつかんだ、麻の前掛けから

ゆらゆらと透明な波が走ったとき。


全てが一つであることを

言葉や頭ではなく

眉間から後頭部で理解した。


それはそれ以上でもなくそれ以下でもない

ただそれだけの出来事。


出雲で神様をお迎えするのだから、
ある程度礼服の意識で。

そう考えるのであればうさとをもっていこうか。

そんなこと思いながら。


すぴも現実も
精神世界も
ビジネスも

どれもそう大した括りはない。

淡々とした日常の中に全て備わっているから。

なんておもうのだ。

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