移住という選択

Category : 日々の話し
ここ最近話題になっている首都圏の地震予測や
帰村宣言がでた川内村の話を目にするたびに

思うことがありました。

「移住」と言う選択について、
「じゃぁ自分だったらできるのか?」と言うことです。


そんなか、93歳で大叔父(父の叔父)が亡くなりました。


大叔父の長兄(つまり私のおじいちゃん)は、

家長として父親と母親、
そしてまだ子どもや少年だった弟たちを連れ
石川県小松市日末と言うところから札幌へ移住してきました。

*今北海道に住んでいる方たちのほとんどは
  2世代3世代前は道外からの移住者なはずです。


一族郎党を連れて、小松市でのすべてをたたみ、札幌に来たんです。
そして銭湯を建て、開業しました。

家族全員が銭湯の仕事を担い。それはもう大家族全てが従業員だったそうです(笑)。


すごく大昔に思えるのですが、たった80年くらい前の事です。

おじいちゃんがどうしてそうしようと思ったかはわかりませんが、
家にお風呂の無い家庭が多かった昔、

銭湯をやって、ハズすわけがないですよね?
なので、時代背景も大きいと思います。

北海道にきて、そこそこ成功した人たちは、故郷の村から知り合いを呼ぶわけです。
知り合いを頼ってきた人はその周辺に住みますし、
自然災害から村を上げての移住をしてきた人びともいて、
今でも札幌周辺では市町村ごとに出身地の偏りがあります。


私がデパートにいた頃、

京都展や江戸老舗よりにぎやかだったのは
「加賀百万石展」でした。

祖父が石川県出身だったことを全く意識してなかったので
なぜなのか不思議でしたが

自分がその催事にはいってわかったことは
「北海道は石川県からの移住者が非常に多い土地」だから、賑やかなんだいう事でした。

年配のお客様たちはそれはなつかしそうに
こうだったんだよ~ああだったんだよ~と
古い話をして行かれる方が多かったのです。

その時初めて、あ!そーか!だからなんだ!!って思ったのでした。


でね。
私が入ったのは老舗の青果やさんで加賀野菜などを持ってくるのですが

そこのおねーさん。つまりは年取った娘さんですが、
なんというか・・(^_^;)プライドが高くて言葉使いも冷たく
はっきりと口には出さないのですが、 北海道の元石川県人に対して突き放すような物言いがありました。

そこに仕事で入った日に無邪気に、「私は祖父が石川出身なんですよ~」と言った時の
そのおねーさんの何とも言えない表情を今、思い出しちゃいました。(^_^;)

「だったらなに?」みたいな・・・。

一緒に仕事をしているうちに、彼女が合間につぶやいた言葉、それは
「食っていけなくて出てった人間のくせに」って、意味の言葉でした。


その時は私、石川県に対して何の思い入れもないし、
祖父は私が生まれる前に亡くなっていて
祖母は横浜の生まれでしたから、何も知らず。

なんとなく「え?うちもそうなの?」と
「食べていけなく貧しい農家」と言うイメージが育ってしまったのですが

それから何年も経ってから、
おじいちゃんは、札幌ですぐ銭湯を開業できるだけの支度をして
石川県を出てきたと知って、何となくほっと・・・(笑)しました。



そして、今になって思うんです。

色んな事情があって、人々は移住します。
昔の日本人も、ハワイへ、アメリカへ移住していき辛酸をなめました。
開拓期の北海道なんて自殺行為でした。


それでも移住した人たちは「故郷を捨てた」わけではないと思うのです。

大叔父たちはいつでも懐かしそうに故郷の話をしていました。

私や父・叔父叔母たちにとってはなんの思い出もない石川県ですが

大叔父たちにとってはいつまでも大切な故郷で
従兄弟や親族が石川県には存在し、年配になってからは
行き来を欠かしていませんでした。


私が、いざとなったら移住できるか?と考えるときに、
今思うのは、話しにしか聞いたことのない祖父の「思い」です。

一族郎党を連れ、石川県を離れた勇敢な祖父
商売を立ち上げ、同郷の人間とのつながりを大切にしていました。


今の日本で
未知の土地へ希望を持って進む、と言う状況でないにしても、

昔、日本人は、移動していました。
日本のあちこちへ、
世界のあちこちへ、

電話もなく、ネットもなく、二度と帰れないかもしれないという状況でも
よりよく人生を生きたいという気持ちに押されて。


そして昔も今も、残った人には残った人の感情が継がれていくのでしょう。
これはそんなに変わらないかもしれません。

出る人と残る人には最初から「考え方の違い」が横たわっているからです。


私は、また日本人が移住を始める時代が来ているよう思います。

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Re: 移住 観

コメントありがとうございました!!

ここだと表示されてしまうのでお返事はあちらに失礼しますね^^

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No title

うちの父は満州で、母は樺太でうまれてます。
引き上げて来るときも大変だったみたいです。
私はいつかまた北海道に帰りたいような、寒いかなーと思ったりです。

Re: No title

寒いので勧めません(笑)

> うちの父は満州で、母は樺太でうまれてます。
> 引き上げて来るときも大変だったみたいです。
> 私はいつかまた北海道に帰りたいような、寒いかなーと思ったりです。
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プロフィール

やまだまよ

Author:やまだまよ
やまだまよ
札幌在住、もうかなりいい年です。夫と二人暮らし。
趣味は早起き

1998年から精神世界と潜在意識に出会い

1999年スピ系HPを始め結構長く続けました

2001年4月40歳で4年生大学へ入学

2001年11月アロエベラを扱うフォーエバー社と出会いました。

2007年フォーエバーが取り持つご縁で点描曼荼羅と出会い、

2008年にHPからこのブログへ移行

2009年点描曼荼羅を描き始め、教え始めました。

2013年ネットで願いをかなえる点描曼荼羅画講座を開設

2015年一般社団法人マンダラユニヴァースとして発足、同時に講座タイトルを「宙を奏でる点描曼荼羅画」と変更しました。
(その間もフォーエバー社の仕事を継続して行っています。)

フォーエバーの仕事がなければ私は点描曼荼羅にも出会わず、社団の運営にも力が及ばなかったことでしょう。全ての力を与えてくれたアロエベラジュースとフォーエバー社に感謝しています。


好きな言葉:

右の道と左の道のどちらかに花が咲いているのではない。
自分が選んだ道に花は咲くのだ。

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