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昨日と全く違う今日

昨年の2011年3月17日の日記です。



**昨日と全く違う今日**

「昨日と全く違う今日」というのを体験したことがあります。

当然のように毎日は続くものだと思っていた日がひっくり返る日です。

当時横浜に住んでいた私は売場(港南台高島屋)でその電話を聞きます。
所属していた派遣会社から電話が来て(通常あり得ない出来事です)
「先生の所へ電話するように言付かった」と言うものでした。

ま、結局「ガン細胞が見つかったので、すぐに手術を入れます。」
と言うお話だったのですが、

私が「クリスマス前に休めない」と言うと、「そんな場合じゃない」と怒られました。


かくして、毎日普通に来るはずだった「明日」が「色を変え形を変え、全く知らない日常」へと変化しました。

普通にそこらにあったものが、透明な膜の向こうのもの
ふわふわと現実味を帯びないものとなり、私だけが取り残された感覚でした。

ところが、翌日の病院帰り乗換駅の桜木町で「何となく帰りたくない」気持になった私は
本屋でも行こうと思い立ちホームを出ました。

桜木町駅の出口に並んだ公衆電話を見て
友人に電話をしました。

「あのね~、心配ないんだけどさ、ガンらしくて手術することになったんだ」というと
「アンタならきっと大丈夫、余計な心配しないで」と励まされました。

電話をかけながら私は目の前の観覧車が動くのをずっと見ていました。


その電話を切ったとたんのことです。

私に足下からせり上がって訪れたものがありました。
「至福感」でした。

何とも言えない、幸福で穏やかで幸せな感覚。
目の前の観覧車と私が違う世界、楽しい夢の中の中の空気にくるまれているようでした。

私の口からでた言葉はその時
「あ~~~~~楽しかった!!!すっごく楽しかった!ここ(地球)に来て良かった!」
と言うものでした。

気分はまるで、「日長一日遊園地ですごく楽しく遊んで夕方に楽しく疲れて帰る」と言うものでした。


それから・・・その言葉と感覚は私にとって忘れられないものとなりました。
「あれはなんだったんだろう?」と。


単純に言えば「ベータエンドルフィン(脳内ホルモン)」の仕業ですが(笑)

それがその時なぜでたのか?なんですよね^^


それはきっと「死」と言う言葉がリアルに脳を刺激したからだと。
後に私は考えつきました。

そしてなぜ「死」はそう言うものなのか?
「死」とは何なんだろうか?と考えました。


私がその後、バシャールから精神世界にすんなりとはまっていったのは
その体験があったからです。

長い時間をかけて
私の中では「私の死」は解決済みの問題です。

また、今回
多くの命がどのように天に昇っていったのか、なぜ今だったのか、
全ての人にとって、全て意味のあることだと知っています。

命は終わっても魂は終わっていません。


私たちにその姿を「見せて」天に昇っていった人たちが残したものは
私たちへの「気づき」への道です。

そう、「見せていただいた私たちに役割がある」のだと思います。


なぜ生まれてきたのか、
なぜその環境なのか、
意味のない人生など1つもなく
この人生で魂が全うするべきものがあることを指し示しているのだと思います。


みなさんは他の人にはとても気を使うのに
自分の魂には気を使いません。
自分の魂の自由を認めるのが苦手です。


話がずれました(^^;)


哀しくて悔しくて恐怖のままに人々が死んでいったと、私は思わないのです。

今目ににしているのは、ホンの一面であって
物事は複雑にステージを作っています。

もし私が死んでもこの世界では死んでいるけれど
違う世界では生きている。
逆も当然あります。


だからといって哀しくないわけではないのです。
ここずっと泣きっぱなしなのは、「感情」が泣くのではなく
同じこの世のステージに立った1つ1つの命に愛と感謝を知るからです。
「教えよう」とする魂に深く感謝するからです。


私たちはここでまだすることがあります。

だから生きています。


昨日私が転載希望としてつぶやいたものは「転載希望」の部分からコピベしてしまったので(^^;)
あれぇぇぇ!と、協力してくださった皆さんに陳謝しますが

それも必然だったのだと思っています。

文章の中で東電の職員だという女性は
社員も非常に恐怖に耐えながら努力して居るんです。と言うことでした。

そして原発は必要だとも言っています。

それは、また「恐怖に耐えながら作業する人を作ってしまう」だけだと気が付いていないんです。



人類は今までも何もなかったところから
沢山のものを作り出しました。
原発のような「諸刃の剣」も作りました。

私は「無ければ作る」「必要なら生み出す」
それが人間の持つ力(知恵)だと思います。

「愛に満ちたもの」を作ろうとするのか
「少数の人に利権が大きいもの」を作ろうとするのか

今問われているのはそこだと思います。

世界中が今学ぶのはそこしかないと思っています。


11日夕方にテレビで津波の画像を見て
あまりのことに多分流されていったであろう多くの人に祈りを捧げていました。

その時私の脳の中のビジョンに
あり得ないものが映りました。

その時から「白い煙を立てる原発」が見えていたのです。
*それしか見えていないので、そのほかのことは分かりません。

注視することで現実を作り出すことが無いように務めましたが、
時には動かせないものがあるのだと言うことも解っていました。

私の祈りがスプーン1杯の水だとしても
それに絶望しないことを、私の魂は知っています。


必ず道はあります。

恐れないで心を開いて、
それぞれがどんな世界に住みたいのか、
それぞれがそれをどんな形でこの世に反映させるのか

私たちにはその時間が託されました。


今回、天に招かれた人々への愛と感謝を込めて
今思っていることを書かせていただきました。


大変失礼ですが
コメントはお気遣い無くお願いしますね^^。




さぁ、全ての全ての全てに感謝して
魂を喜ばせて・笑わせていきましょう♪

不謹慎ではありません。
天からは「哀しさや後悔」を望まれてはいません!

私たちはここを笑って越えていきます(^-^)。



そして、原発への感謝と祈りを引き続きお願いします。

いまこそ、お願いします。

********


全ての魂が、癒され、私たちを見守っていることを

私たちは知っています。


2011年3月12日に「未来日記」を書いています。

この1年間で私たちは、大きくシフトを変えたと思います。

それも、たくさんの命が見守ってくれたからこそ。

そう思います。

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