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神道のケガレ

叔父の神葬祭に行ってきました。

神道なので仏教のお葬式とは違うのですが

「生」から切り離して御霊を送るという意味では
どちらも荘厳な儀式と思えて、

おかげで、残された者も
しっかりと見送る作業ができるのだなと思えます。


母方の親族は皆神道なので
私も初めてではないですが色々と違いがあって
興味深いものです。

例えば、葬儀の間は
お参りに柏手は打たず「忍び手」といい
音を鳴らさない手の打ち方をするとか、

遷霊の儀といって、灯りをすべて消して
闇の中で個人の御霊が、
霊璽(れいじ)と呼ばれる、
位牌のような依り代に移る儀式もあります。



最後に見届けた叔父も
烏帽子をかぶり
神主のような装束を着て旅立ちました。

神道では、死後は神様になる(戻る)からです。


ただ、神葬祭が終わって御霊を送るまでは
ケガレとして葬儀は扱われます。

そのため、通常は神社や家では行われず
斎場を借りるという形なのですが。

今回は叔父の生前からの
たっての希望で家での葬儀を執り行いました。


落ち着いた頃に、また
家と周辺の「ケガレ」を祓う祭式が行われるそうです。

「ケガレ」というと「不浄」のように思われますが


「ケガレ」とは「気枯れ」
気持ちが枯れることを指します。

人間は「ハレ(晴れ)」と「ケ(日常)」「ケガレ(気枯れ)」を繰り返し

葬儀では皆の気が枯れていくので「ケガレ」として扱うということなのだそうです。

とはいえ、

最初に祭詞で呼び寄せる神様の中には
瀬織津姫(せおりつひめ)の名がありましたので

なるほど、
生きている間の罪・穢れを抱いて海へ流す
神様を呼び出すのだなぁと思えば、


神世に戻って、現世(この世界)の魂の汚れを取り去り
また、魂の修行の為生まれ出る。

現世の汚れが少なければ
早めに又修行に出られる。

という考えかたの神道にそって。


この世はまさしく修行のために
こうしてあるのかもしれないと
思ったのでした。


それぞれがそれぞれの修行をするので
人びとは千差万別に生きるのでしょうね。


神葬祭を執り行う神主は従兄弟で
神職は別の従兄弟の息子君でした。

なので神道のことを聞く機会は
たくさんあると思いますが

ずっと前に聞いた経験から
その複雑さ加減は半端じゃなく

今回もあきらめた次第(笑)です。



叔父は烏帽子も似合いましたが

大好きな船に乗るときの帽子の方が
嬉しかったんじゃないかな?と思いつつ

そうか、それも現世のもの。

私たちの魂は一体
神に戻るというあの世の為
魂の修行と言うこの世の為

どちらの為に生きているのでしょうね。
あるいは
両方の為でしょうか^^?

そんなことを考えていた頃

夜6時になると街に流れる
防災無線のメロディが

なんでもない「ケ(日常)」を歌うようで・・・

そんなこと考えなくても
日々を生き生きと感謝して送るのだと教えてくれたようでした。


これがその防災無線です。
北島三郎の生まれた土地ならではの選曲。
youtubeにあるってそれはまたすごい!☆ヽ(▽⌒) 


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