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シンクロニシティ ~未来をつくるリーダーシップ

考えたら、その日私は朝から
酒井満さんのブログが気になっていました。

PC作業をしてても、ずっと脳裏にあって、
夕方ブログを開いたときには
「ああ、やっとたどり着いた。」と、かすかに思ったものでした。

いつだって、すぐに開ける状態なのに
その日はそう思ったのでした。

その日はまた酒井さんが読み終えた本のことが書かれていて
本のタイトルは書かれていなかったのですが、

紹介されていた文章が、
コツン!っと、私をノックしたのです。

それはこういう言葉でした。
「リーダーシップとは成り方ではなく在り方だ」

転記された文脈から検索をかけて
色々な角度から検索をかけて
ようやく一冊の本にたどり着きました。

それがこの本でした。



シンクロニシティ 未来をつくるリーダーシップ


本を読むことは階段を昇ることに似てるなと思います。

同じジャンルの本を読み漁りながら
鍾乳石の速度で重ね塗りのように意味を吸収し
その周辺の階段を昇ります。

でも、ある日押し上げられるような急流に出会い
私は広い踊り場(ステージ)へ出るのです。

そこは今まで私が踏んだことのない
新しい世界です。

この本もそういう一冊でした。


前でもなく、先でもなく
今のタイミングで自分が手に取れたことを
神様に感謝したいと思いましたし、
自らの直感にほれぼれしました(笑)


自分の考えていた世界がぐるっと変わる本に
これまでも、何度も出会ってきました。
この本はそれらと同じ感覚を私に与えました。

スパークするような感覚を悦んでいる自分が
はたから見るように分るのです。(笑)


それでいて、この本に登場してくる人物や本は
私が今までに読んだか知っている人たちでした。

浅くしか知らない人、本
隣のおじさんのように知っている人、本

全てひっくるめて
それまでの私のステージに登場してきていたのです。

なのにこの本はそれらの結びつけられ方が
全ての角度を変えていました。

読み進めながら
急流に運ばれるスリルに似た、
何とも言えない
恐いような冷たいような
身がすくむような
それでいて、ひどく懐かしい
全身が悦びの水に浸かってるかのような

独特の感覚を運んでくるのでした。

不思議な事に、それは
文章ではなく、文脈ではなく
開いた本のページそのものから私に流れてきていました。


今の自分とこの本の持つギャップ、開き、を思うと
少し前の自分だったら打ちのめされただろうと思うので(笑)

この本は、私の準備ができるまで私には近寄らなかった。
と言うことも、感覚でわかりました。

本当に何事も全て、無駄は無いもの
この世界は必要じゃないことは起きないものです。


さて、本は長々と著者の生い立ちと
それを形成したウォーターゲート事件、
著者の経歴で始まります。

正直、名前しか知らないウォーターゲート事件が
ここまで引っ張らられることや、
著者がどれだけの仕事をしていたかが長大な文章になっていることに

「あれれ?」と思った私。

でもそれが逆に、これはどこに落ち着く話なのだ?と
それが知りたく思って読み進めたというのが本当のところです。

日本語訳が発売されたのが2007年
えっとぉぉぉぉ、じゃ、これが書かれたのはいつなんだ?

それが最後の方でようやく解ってきました。
およそ20年前。。。。。

これを読んでいて思い出していた
投影された宇宙―ホログラフィック・ユニヴァースへの招待
という本がありましたが、

それも大体同じころに書かれたと思われ
それらの出どころとしての「デビット・ボーム」に
思いをはせることになります。


この本は著者の人生に起きた
「量子力学的」な「ニューサイエンスティック」な
出来事から、紡がれています。

そこから何が生まれたか?
なぜ生まれたのか?
それはなぜ繋がっていたのか?
イキイキとした、そのダイナミックなステージを
著者は話したかったのです。

後半に向かって
話しはまだ広がるのか?と思わせますが

それすらすべて「秩序」の中にあったことを
語り終える結果となりました。


そっか~
「世界のリーダーが必要だ」と思える人はこう人なんだ。


*********************


言葉の重要性と、人間がどのように世界と相互作用しているかがわかるにつれ、
私は言葉の誕生というのは様々な意味で火の発見に似てると感じるようになった。
言葉と言うのは火と同様、信じがたいほど根源的な力なのだと思ったのである。
私はそれまでずっと、
私たちは世界を「描写する」ために言葉を使うと思っていたが、
どうやらそうではなかったらしかった。
実際は逆で、言葉を使うことによって私たちは世界を「創る」。
言葉は私たちが表現するまではこの世に存在しないも同然だからである。
言葉を述べると私たちは区別を生み出し、それが行動を決定する。
別の言い方をすれば、私たちは目にする世界を言葉にするのではなく、
言葉にする世界を目にするのである

*********************

「一心に取り組む姿勢」における変化
かつての行動パターンをふり返るとき、ものごとに一心に取り組む私の姿勢には、
見間違えようのない特徴があった。
それは、運命の胸ぐらをつかみ、成功するためとあらば必要なことはどんなことでもする、
という類の打ち込み方だった。
私が別の深遠な打ち込み方を理解するようになったのは、もっとあとになってからだった。
それは、意思ではなく意欲から始まる打ち込み方である。
そんな風に打ち込みだすと、私たちは内なる声に耳を傾け、
その声は旅が進むにつれ私たちを導いてくれるようになる。
そうした打ち込み方の根底にあるのは、運命から離れて遊ぶことを信頼する気持ちだ。
パレーラが述べたようにわたしたちはまさしく「世界に身を任せた」状態になり、
運命に立ち向かうためにその瞬間に必要なものは何でも手に入ることがわかるようになる。
そしてまさにこの時点で
私たちは未来との関係を変えることになる。


*********************

あるのは、やり方ではなく、あり方だ。 老子

*********************


私が本の端を折ったところは、もっとありますが
この本の中で紹介された書物の中の言葉たちは

ボームも、老子も、カスタネダも、
すでに読んで知っている存在でした。

著者の人生の物語はパウロ・コエーリョの「アルケミスト」みたいだと思うと、
あとがきでそれも書かれていました。

*つまりはちっとも腹に落ちてなかったということだし(笑)

その逆に、
ウォーターゲート事件がアメリカでどのように重要事件だったかもほぼ知らず

世界に名だたる大企業のシナリオ・プランニングに至っては、
壁だと思っていた石膏が突然無くなったかと思うと、
当たり前のようにそこに在った世界が見えて

壁だと思っていたのは自分の目隠しであったことに気づいて、
その場から5メートルもぶっ飛ぶような体験でした。

私が、その日酒井さんのブログが気にかかっていた
あのかすかな感覚のことを、著者も書いていましたが
そのおかげで手に取れた本です。


全てが集約して
ある世界が生まれる瞬間。

すべての流れが私をここへ運んだことに気が付かせてくれます。


そして間違いなく、
今の仕事に関わっていなければ
私は終生この本を手に取らなかったということだと思いました。


長々と書きましたが
読んでくださった方にお礼申し上げます。

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