Aloe*Wing 

全ては綾なすイリュージョン

また、スポンサー広告が入ってしまった(;^_^A

一カ月以上更新がないとスポンサー広告がてっぺんに入ってしまうのですが、

さて、今年私は何度これを入れてしまったか。。。

そして今年もよく出張&旅をした。

1月名古屋
2月横浜
3月神戸
5月東京
5月NY
6月TDL
7月凾館
7月福岡
8月広島
8月知床
9月大阪
9月凾館
10月山形
11月出雲
11月横浜

フォーエバーの仕事
宙奏曼荼羅の講座
両方だったり

NYも行った。
飛行機10

旅先で入院もした。
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いつもお世話になってるgoogle本社も見た(笑)
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今年一番誇らしいのは、
NYの地下鉄駅で
メトロカードを買ったことかな(笑)

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念願かなって出雲の神迎祭にもいけた。
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楽しい一年でした💗

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ようやく一息、

と、思ったら。

明日から横浜。

もうずっとこんな毎日。

どうしてか?というと、私の仕事は二つあるから。

どちらも大好きな仕事だから
仕事の内容や対人関係などのストレスはないんだけど、
仕事量はやっぱり多いし、

集中できないことでのストレスは
ないといえばうそになる。

よくあるビジネス書には、必ず書かれている
2つの仕事をしないことという不文律に乗っ取れば

私のしていることは、
どちらの効率や成長スピードも落としているのかもしれない。

けど、

ここ3年
ずっと考えてきた。

自分が仕事や人に対してどうありたいか?

そのうえで
自分の人生ってなにか?

それを実現するのに

二つの仕事をかけ持つのは
デメリットの方が大きい。

などとは到底思えない。

心はずっと豊かだと思うから。

二つの仕事を介して
たくさんの素敵な人たち、
愛する人たちと関わっているから。


欲張った結果二つになったわけでもなければ

やめられない事情があって二つになったわけでもない。

私の道筋がそうなっていたからに過ぎないから。
だとしたら私にはそれを超えてゆこう。

そう思えるから。

だから
昼寝をむさぼっても
夜はだらだら過ごしても
やらなきゃならないことを2カ月延ばしても

私は自分を甘やかしているなどと思わない。

それすら無性に幸せだから。


何かに自分をあてはめないと生きていけない自分じゃなくて良かった。

幸せだなぁと思う毎時毎瞬

それに感謝している。
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うさと

今日は監査、時間がないのにこれを書こうとする。


お友達がうさとを着てこの世界を旅立った。

私はうさとを着なくなって久しいけれど、そうか、と思う。

着なくなったのは私が「動」をしたいと思って
「静」のうさとと波長が合わなくなった。

というか、動きづらく感じたから。だ。

ただ、大切に取ってある。

身に着けたときのあのじんじんとした波動がなくならないように
洗濯は天然塩だけで静かに洗う。

植物の色。
紡ぐ手。
土地の風。

うさとにはそういうものがある。


以前目にしたブログで、

すぴりちゅあるにかぶれて、
うさとを着てその気になったけど
それは違った。

実際には自分には何も感じなかったし
すぴってのもそういうもの。

と書いていた人がいた。

まるで、自分がかぶれたすぴの象徴のように。
邪魔者扱いだった。

何にかぶれようといいけれど。

それにかぶれたのも
かぶれたじぶんにきづいたそのきづきも。

どちらも違う。

あの布の波動に気が付かなかった浅さなのだと思う。

*わからないことが浅いのではなく
自分がわからないことを自分の範囲で決めてしまう浅さ。


私が着なくなったもう一つの理由に

それを扱っていたお友達が
見えないものと戦って「壊れた」から、というのがある。


でも、神宮の横のあの建物の中で、

彼がつかんだ、麻の前掛けから

ゆらゆらと透明な波が走ったとき。


全てが一つであることを

言葉や頭ではなく

眉間から後頭部で理解した。


それはそれ以上でもなくそれ以下でもない

ただそれだけの出来事。


出雲で神様をお迎えするのだから、
ある程度礼服の意識で。

そう考えるのであればうさとをもっていこうか。

そんなこと思いながら。


すぴも現実も
精神世界も
ビジネスも

どれもそう大した括りはない。

淡々とした日常の中に全て備わっているから。

なんておもうのだ。

好きなように描くんじゃ、普通と同じ。



好きなように描くんじゃ、
普通と同じじゃないの~。

私は魔法をおしえてるのに。


*好きなように描くと自在に描くはちがいます。

*~*~*~*~*~*~*~*~*~*


自分を表現するために?
あら、それじゃ
他の絵でそれをしたほうがいいと思う。

これでそれはできるもんじゃない。


対称をいくつも重ねて
変則が生み出されていく

次のジャンプでどこへ飛ぶかわからない

これは冒険の旅。


私は魔法のレシピを教えているのに。

手元の手近な材料で?

こんな匂いのこんな色で?

あら、
もう、
それ、
まったく

意味がないじゃないの。

だって全てあなたの頭の中にすでにあるものでしょ?

魔法の意味何にもないじゃん。



この魔法はその先に生まれる。

それは形から生まれる。

そらかな

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曼荼羅の描き方を教えているわけじゃない。
いつもそう思う。

あなたに描き上げられながら
曼荼羅はいろんなことを語りかけてくるはずだから。

私にとっても大切なのは、
宙奏を描いているその過程。

作品が放つ輝きとエネルギーは時空間をこえるのだけど。
それは私のの力ではなく、
もともとその曼荼羅が持っているものを外に出してあげたに過ぎない。

私が求めているのは
点を打っているときの自分、

曼荼羅と過ごす時間。

どんなにこんがらかった思考も
点々の振動でゆるゆるとほどけて

ポンと脳裏に飛び込んでくる言葉に
自分の答えが出る。

気持ちも時間も大繁盛で、
あれもこれもできてない
ああ、自分ってイケてない。

そんな時は点々するのはすごく遠回りに思えるかもしれないんだけど
実際はそれが私の一番の早道だとわかっているから
曼荼羅と話す時間を選択する。

作為を持たないからこそ
宙奏はあなたの知らない光を放つ

こうしようああしようと
そんな作為が一番邪魔をする。

だから直感が一番大切
そう伝えるのだけれど。

自由に描けるようになったのに
自分の直感を信じられないから
自分の作品を自分であれこれ評価し、
自分の作品の評価を人に求める

そこから離れなさいって、
曼荼羅はいつも言っているのだけどね。

その声が聞こえなくてはならないよ。

あなたはこの見えている世界だけに括られているわけではないことを
宙奏は教えているから。

一番好きなこと

あっという間に11月、

何度もこの編集ページを開いたけれど、閉じて。

「書くこと」をあきらめた。

理由は、

あれもこれも先にやらなくちゃいけない。
これに今時間を割けない。

という、つまらない理由だ。


でも、わたし、やっぱり書くことが好きなんだと思う。


17年前、中野裕弓さんに、

本当に好きなことというのは

・いくらやっても飽きないこと
・お金を払ってでもやりたいこと
・それをしていると時間を忘れること


そういわれた。


家に帰ってから、うんうん唸って探した。

どう考えてもその時、
その3つがすべて当てはまるのは

「何かの資料をまとめてレポートを(きれいにわかりやすく)書くこと」

しかなかった。

書きあがった時の私の満足感は、だれに見せるわけでもないのに

宇宙最高だった。



そして、今も

忙しい仕事を二つしてても、

変わらない。

と、いうか、

「書く」という主たることが

どちらの仕事も私に

出来上がりの宇宙最高の満足感をあたえるから。

もちろん、それは超自己満足。


(そもそも、人間は「自己満足」しか、結局はできない。
だって、絶対他人にはなれないからね。)


今は自分的にはプロジェクトと言えるほどの作業中、

どんどん、アイディアが転がり込んでくるから
どんどん、コンテンツが増えた。

ということだけど、
直感で湧いてくるアイディアに蓋はできないからねぇ


満足のいくものが書けたら。
くるくる踊りたいくらいに幸せ。

出来上がったものの20倍くらいの量から
推敲に推敲を経て

私の満足の上に資料やテキストは出来上がる。


タイムアウトがあるのはとてもいいこと。

だって、

いつまで頑張ったって「最後の最高のもの」ができることは絶対にないから。

その時に締め切りがなかったらどこであきらめがつくのか、

考えただけで恐ろしい(;^_^A


そんなわけで、

いつになったら片付くのかわからない部屋の中で

資料山積みのデスクを抱きかかえるように、

PCに向かっている。


この膨大な資料の中で精査して削り取られ、

紙の上の文章になるのはほんのわずかだ。


これほどわがままな自己満足があるだろうか。

宇宙最強だ。

そんなわけで

17年前に

「それしかない」と思った

本当に好きなことは。

今も変わらなくて、改めて驚いた。


小学校5年生の時

遠藤先生が

「よしのさん(旧姓)は文章が上手ね」と褒めたから

とてもうれしかった。

他に褒められることはあまりなかったから

単純な私は

「そうか!こんな風に書けばいいんだ」とわかって

ここまで来た。と思う。

のべつまくなしに褒められたら、

私は今これを書いていないかもしれない。

あ、いや、わからないぞ。

のべつまくなしに褒められたら、有頂天でもっと違うところも伸びたかもしれない(笑)


ああ、思う存分だらだら書いた💛

さて、資料の続き。

と思うそばから、

10月分の仕分け準備
タイヤの取り換え
運転免許更新
アロエ注文(あれとそれとこれも忘れず)
出雲の準備
横浜の準備
メルマガ
講座対応
メール返信
曼荼羅仕上げ
妹に届けるもの
片付け(国家プロジェクトなみ)
掃除
講座アナウンス
サロンに椅子が入るので家具移動としつらえ
そして大切な睡眠。

が、私の脳裏をいっぺんに襲う。

この中から「大好きなことだけ」をするにはどうしたらいいか?

あ、まずい。
またそんな資料を作りたがってる(笑)

これは「欲」だな、「欲」

でもな、やっぱ好きだからだな。
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我が家のハナモモは美味しい 2

昨年、「来年は見張っていよう。」
と書いたことをすっかり忘れていたハナモモ。

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昨年10月16日のブログ
「我が家のハナモモはおいしい」
http://mayoone.blog96.fc2.com/blog-entry-1137.html

今年もたわわに花をつけ
そのままたわわに実を付けました。

10年くらい前です。
隣家のお父さんが、
山でとってきたというその木は
鉢植えで高さが土から50㎝くらい。

「何とか桃」って言って
花も実もなるんだけれど
鉢植えじゃどうにもならないから
お姉さんもらってくれないかといって
我が家の庭に入りました。

お父さんも私も名前がわからないまま
ちんまりと庭に植えた木は
のんびりと大きくなり、
5年目くらいに花を付けたんです。

濃いピンクの花がちらほらとついて初めて
こんな花がなるんだ!と思ったものです。

そこからは年々と枝をのばすので
枝きりしながらだったのですが
毎年しっかりと花をつけるようになって

昨年はすごい量の花を付けました。

そして、今年もまたこれでもかと実を付けました。

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木が大きくなり
実のならせ方も力がついたのでしょうか?

今年の実はすごくおいしいのです。
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産毛のついた実は桃のように
赤いところはするっと剥けて
青いところは包丁で剥かなくちゃならない。

お皿に盛って食べてもみましたが

小さいので手で割って
マンゴーのように皮をそらせることで
甘くてジューシーなところだけ食べる方がおいしいです^^。

花の時期はハチがすごくて近寄れないくらいだったのですが
こんなに甘い実をならせる力があるのだから当然だわ。
と、思いました。

くれぐれも十分に熟しているものを食べてくださいね。

私は香りがするからと言って
食べてみて渋かったので
「渋いもの」と思い込んでいました。

秋から冬にかけて
こんな実をつけるなんて、
いったいこの子はどこの山から採られてきたんでしょうか?

隣のお父さんは
どうしてこの子を持って帰ろうと思ったのかしら。

そんなことを思いながら

皮をひっくり返して、真ん中だけ食べる贅沢です^^

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十九社(じゅうくしゃ)

日もすっかり短くなって、山に雪との便りが来ました。

私も11月にまた年齢を重ねますが、
その前に一つ大きなイベントがあります。

昨年、猛吹雪のために行くことができなかった
出雲大社へ参詣するのです。

そして、「そのためか!」と思う
大きなお別れが二つ訪れました。

考えてみれば、
聞こえてきていた
「身一つで来い」とのささやき。
あれはこういうことだったんだ。

立て続けに訪れたそれは、
わたしが何を求めていたのか教え
その成就と次のシフトを教えたのでした。

そもそも昨年出雲にたどり着かなかった時

今年じゃない?と考えた私は
翌年(つまり今年)が「9」の年であることに
気が付きました。

「9」は、すべてをいったんたたむ(終わる)年周りであって
物事が一定の成就を迎えることも意味します。

なので、「9」の年に来いとのことかもしれない。
そう考えました。
*同時に違う意味もあったようですが、

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言わずと知れた縁結びの神様が
身一つでと言われるにはわけがあると思っていましたが、

まったく「そうきたか!」という出来事。

そもそもすべては私が決めて選んでいるわけですから。

私の胸の感情が悲しくても
その奥深くが晴れやかなのは納得がいきます。

お互いに
もっと軽く、もっと高く。
そういうことなのでしょう。

出雲大社の本を読んでいて
東西の十九社(じゅうくしゃ)の意味を知りました。

どちらにも19の扉があって
そこから入って神様はお休みになるのですが

神様は八百万(やおろず)
扉の数が足りません。

これはその昔
19という数が無限大を示していたから

なぜかというと
19の「1」は全ての始まりの数字であって
「9」は最後の数字だから
最初と最後の数字を一緒に用いることで、
「無限大」と表現したのだというのです。

細長いこの建物に東西に分かれて
400万ずつ(笑)が、
だから、悠々と入るのですね^^

「9」の成就の年に呼ばれる理由と
「身一つ」の意味が分かって

どんな別れだといえ
わたしはずっと
その魂の成功を祈っていたわけですから

これでいいのだと

9年ぶりの9の年に感謝しかありません。

ネガティブアピール

笑えない
あそこが悪い、ここも悪い
すべてがこんな数値、
そんな時にさらに大病、
家族に大変なこと、
なっきっつらにハチ。

(こんなにがんばっているのよ)

家族にああされたこうされた
伴侶は特に私につらく当たる。
私が悪いのだから仕方がない
いつもじぶんはこうだ

(誰も私をわかってくれない)

ほとんどそんな時しかFBアップしない人

分かりますよ、
そういうときしかネタがないのでしょう

そればかり注視しているから
そういう時しか外に向けた言葉を持てなくて

仕方ないですよね。


さすがに私のお友達関係には少ないですが、

たまに見かけたと思ったらたいていそんな話で

あ~あ、言わなきゃいいのにと思うのは私だけではないはず。

ほとんどの人はそれがどんな効果を自らに課しているかわかっているから。

そう、潜在意識はあなたが慰めを求める場所に書き込むネタをどんどん増幅します。

それの繰り返し。


「じゃぁどうすれば?」

しりませんよ、自分で考えてください。

自分で探して考えて出した答えしか役には立たないから。


ひとつだけ、アドバイスは

苦しくても腹くくって、
「家族に尊重されない人間」であることや
「次から次と状況が悪くなる体のこと」を
アナウンスするのはやめましょう。

花の咲く姿。
風の匂い。
お茶一杯の幸せ。
子供の耳打ち。
美味しい味噌汁。
喉の奥がクスッとする情景

足元からいっぺんにそんな景色が咲くような

あなたの喜びをここで豊かに増幅させてください。

なぜ私はアロエベラに出会ったんだろう 10

アロエベラジュースを飲みだして、2週間ほどたったころ
Cちゃんからこんな電話がきました。

「酒井さんってすごいおじさんが
札幌で講演をするから絶対行って!」

正直嫌だったのですが、
大学への通り道にあるホテルだったことと
その午後が珍しく空いていたことから
腰をあげました。

きっとギラギラしたおばさんとおじさんが大勢。

そんなイメージだった私は会場で
全員「世話好き」な感じのおばさまたちに拍子抜けします。

そしてもっと意外だったのが、
ステージに現れたそのおじさんが
とても静かに「潜在意識の話」を始めたことです。

当時そういったスピ系の話は私たちも、こそこそとしているような情勢だったので

会場いっぱいの年齢の高いおばさまたちがそれを熱心に聞いていることに驚いたのです。

こんなところで、
こんな話を、
これだけ大勢の
こんなおばさまたちが?

そう思いました。

そう思いながら私は必死で思い出そうとしていることがありました。



それは、講演が始まる前に渡された赤い手帳と

前の席のおばさまたちの会話でした。

「あら~!○○さん素敵な赤ね~そのジャケット!」

「うふふ。私『赤』は一番苦手なんだけどね、今日は赤って思ったのよ~」

その言葉を聞いたとたん
私の全身が反応しました。


「!!」なんだったっけそれは、

赤、赤、赤、これは重要な事。

このセリフを私はどこかで聞いた

しかも私にとってとても大切なことだ。

なんだっけなんだっけなんだっけ?



私はその疑問を抱えながら講演を聞いていたのです。
それくらい思い出せないものでした、


「私、『赤』は一番苦手」

「私、『赤』は一番苦手」

「私、『赤』は一番苦手」

はっ!!!!!

あれだ~~~~~!!

30分くらい苦しんで私はようやくそれをひねり出しました。


私はなぜアロエベラに出会ったんだろう 6で書いた中野裕弓さんのセミナーで私はこんなセッションをやりました。

ネイティブアメリカンが使う「トーキングスティック」を
向かい合った二人で両端を握り

お互いに共通している深層意識まで下がっていって、
そこに見えたことを相手に伝える。

伝えられたその言葉は「紙に書いて忘れること」と、

「忘れるまで」がそのセッションの内容でした。

私は見ず知らずの女性と組み、
お互いに静かにその意識の底を見ようとしましたが、
うまくできたかはわかりません。

わたしはなにかその時に動物に関することが見えてそれを伝えたと思います。

その女性は私にこう言いました。

「はっきりしたものは見えないのですが、とてもきれいな、濃いのに透明な赤が見えるんです。」

「すごくきれいな赤です。ごめんなさい、それくらいしかわからなくて」


それで私はこう答えてしまっていました。

「赤ですか~私赤は一番苦手な色で~、でもわかりました。
この次それに出会ったら必ず手に取りますね」


手に取るって。。。
言っちゃった。
言っちゃった。
言っちゃった。

それにしても「脳」はすごいです。

ちゃんと忘れてるんですから。
そしてちゃんと呼び戻すことができる。

そんなわけで私は手の中の赤い
「宇宙への広告」と書かれた手帳を

丸ごとすっぽりと受け入れるしかありませんでした。


プロフィール

mayo

Author:mayo
アロエベラと潜在意識

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